Management
【第6回】「要求」に対して、実行者が「約束しなかった場合」【標準トランザクションパターン(1)】【エンタープライズ・オントロジー入門】
2024.06.15
【第0回】人間活動の本質的な構造を「見える化」する
【第1回】DXについてちゃんと考えるために
【第2回】企業活動=生産活動+調整活動【企業活動の肝は調整行為】
【第3回】調整行為=依頼者⇄実行者【調整行為はコミュニケーション的行為】
【第4回】調整行為におけるハッピーパス【基本トランザクションパターン】
【第5回】例外が発生しないのは妥当要求が認められるから【ハッピーパスになる条件】
第4回では、ハッピーパスについてお話ししました。第5回で詳しくお話ししたように、ハッピーパスに沿って、依頼者と実行者のやり取りが進むためには、
(1)依頼者が「要求する」という調整行為を行い、「要求した」という調整事実が発生したあとに、実行者が妥当要求を認めることと、
(2)実行者が「宣言する」という調整行為を行い、「宣言した」という調整事実が発生したあとに、依頼者が妥当要求を認めること
の2つが必要です。
今回は、(1)依頼者が「要求する」という調整行為を行い、「要求した」という調整事実が発生したあとに、実行者が妥当要求を認めない場合に何が起きるか、について詳しくお話しします。
「要求」のステップで妥当要求が満たされない場合
依頼者が「要求する」という調整行為を行い、「要求した」という調整事実が発生したあと、実行者が妥当要求を認めないというのは、どういう場合でしょう?
第3回でお話ししたように、妥当要求には、正当性要求、誠実性要求、真理性要求の3種類がありました。これらの1つでも満たされない場合には、聞き手である実行者は、「約束する」という調整行為を行いません。
基本トランザクションパターンの拡張
「要求した」という調整事実が発生したときに、妥当要求が満たされていると聞き手である実行者が評価しなかった場合には、実行者は「約束する」という調整行為は行いません。では、どのような調整行為を行うのでしょう?
エンタープライズ・オントロジーでは、「辞退する」という調整行為を行うと考えています。これは、要求に対して、それを約束するのではなく辞退するという意味です。「辞退する」という調整行為を行った後には、「辞退した」という調整事実が発生します。このときには、依頼者と実行者の間で、話し合いが行われます。話し合いが行われることから、「辞退した」という状態を議論状態と呼びます。この状態で、依頼者はなぜ辞退するのかの理由を求め、実行者は辞退する理由を依頼者に説明します。
このとき、
- 依頼者が実行者の説明に納得し、辞退することを認めると、要求を取り消すことになり、このトランザクションは終了します。この後、依頼者が別の要求を出すこともありますし、「それならいいや」と言って、別の要求はしないかもしれません。
- 実行者が聞き間違えか何かで誤解をしていたと気づいた場合には、実行者は辞退を翻意し、依頼者の要求を認め、約束をすることになります。これは要求に戻り、約束へとつながります。
- 依頼者が、「要求」における生産物の性質を変えて再度、要求することもあります。このときも、依頼者の「要求する」に戻り、約束へとつながります。
図1に、「辞退」を含むように、基本トランザクションパターンを拡張したものを示します。左側の破線で囲まれたところが拡張した部分です。調整行為と調整事実は、それぞれ□と〇で示しています。□の中にdcと書かれているものは「辞退する(decline)」という調整行為を, 〇の中にdcと書かれているものは「辞退した(declined)」という調整事実を表しています。

図1.「辞退」を含む基本トランザクションパターンの拡張
「辞退した」という調整事実から、「要求する」という調整行為へ向かう矢印の上に0..1と書いてあるのは、この矢印はないかもしれないし、あったとしても一回という意味です。トランザクションが終了する場合には、この矢印は現れませんが、再度要求する場合には、一度だけこの矢印に従って進むことを表しています。また、0..1という表記は、DEMOモデルによく出てくる表記で多重度と呼ばれています。0..*という表記もこの後出てきますが、*は有限回ということを意味します。
では次に、第3回でとりあげたコーヒーショップで顧客がウェイターにコーヒーを注文するシーンを取り上げ、もう少し具体的に説明しましょう。
顧客が「お金を持っていないんだけど、コーヒーを一杯もらえる?」とウェイターに言ったとすると、ウェイターは、その顧客がコーヒーを依頼する権限を持っているとは認めず、聞き手であるウェイターは正当性要求が満たされないと判断するでしょう。つまり、ウェイターは「辞退」します。「辞退した」という議論状態で、顧客が「やっぱりね。じゃあ、出直します」と言って店を出たときには、このトランザクションは終了します。顧客は家に戻って財布を持ってくるかもしれませんし、コーヒーをあきらめるかもしれません。
もし、ウェイターが注文されたと思ったコーヒーの豆が切れていたので辞退したときには、真理性要求が満たされないと判断したのですが、「辞退した」という議論状態で、それが聞き間違えであることがわかったとします。このときには、ウェイターは辞退を取りやめ、[要求する]→(要求した)→[約束する]→(約束した)というパスをたどることになります。
最後に、もし顧客が明らかに一人しかいないのに、注文が「コーヒーを10杯ください」というものだったとすると、ウェイターは誠実性要求が満たされていないと判断しますが、このときに顧客が、「いやぁ。冗談、冗談。一杯に決まってるっしょ。」と言ったとすると、これは、先の要求における生産物の性質を変えて、要求の内容を変えたと解釈され、実行者であるウェイターは、辞退を取りやめ、[要求する]→(要求した)→[約束する]→(約束した)というパスをたどることになると思います。
「完成車の製造」の場合
「完成車の製造」における妥当要求
有形の生産物を産み出す生産活動である「完成車の製造」について考えてみましょう。この例では、依頼者を当該工場の生産管理部長、実行者を当該工場の製造部長であると考えることにしていました。
考えるべきポイントは、依頼者が「要求する」という調整行為を行い、「要求した」という調整事実が発生したあとに、実行者である当該工場の製造部長が、3つの妥当要求のどれかが満たされないと判断した場合についてです。
ここでの話し手は依頼者である生産管理部長ですので、一般的には、正当性要求は満たされると評価されるでしょう。
誠実性要求についてもこの例ではなかなか想定しづらいのですが、たとえば、エイプリルフールとして工場の生産管理部長がこの製造を要求してきた場合などは、冗談として聞き流すことになります。このとき、実行者である当該工場の製造部長は誠実性要求が満たされないと評価して、「辞退する」ことになり、「辞退した」という議論状態になります。そこで、当該工場の生産管理部長は冗談だったと謝ることで、このトランザクションは終了します。
最後に、どういうわけか製造に必要な部品の在庫がなかった場合には、実行者である当該工場の製造部長は、真理性要求が満たされないと評価し、「辞退する」ことになり、「辞退した」という議論状態になります。この段階で、部品が到着すると、当該工場の製造部長は辞退を取りやめ、[要求する]→(要求した)→[約束する]→(約束した)というパスをたどることになります。
「会員資格の認定」の場合
次に、無形の生産物を産み出す生産活動である「会員資格の認定」について考えてみましょう。この例では、依頼者は会員資格の申請者、実行者はテニスクラブの会員資格認定者でした。
考えるべきポイントは、会員資格の申請者が会員資格の認定を「要求する」という調整行為を行い、「要求した」という調整事実が発生したあとに、実行者である会員資格認定者が、3つの妥当要求のどれかが満たされないと判断した場合についてです。
会員資格の申請者がすでに会員であった場合や以前会員だったけれども会員資格を抹消された人であった場合には、会員資格認定者は正当性要求が満たされないと評価し、「辞退する」ことになり、「辞退した」という議論状態になります。ここで、会員資格認定者は、会員資格の申請者に辞退した理由を説明します。依頼者である会員資格の申請者は、その説明に納得すると、要求を取り消すことになり、このトランザクションは終了します。
クラブの許容会員数を超えてしまうとか、入会規則の年齢制限に抵触するなどの理由で、要求された会員資格を認定することができないので、真理性要求が満たされないと評価した場合にも同様で、実行者である会員資格認定者がその旨を説明すると、会員資格の申請者は、「わかりました」と言って、要求を取り消し、このトランザクションは終了するでしょう。
あるいは、プレミアム会員という別の種類の会員の枠ならまだ空きがあるという説明を実行者である会員資格認定者が説明し、依頼者である会員資格の申請者がそれに変更したとすると、これは要求されている生産物の種類の変更と考えることができるので、[要求する]→(要求した)→[約束する]→(約束した)というパスをたどることになります。
誠実性要求が満たされない場合の例として、前回は、会員資格の申請者が元ウィンブルドン・チャンピオンであった場合を取り上げました。この場合にも、会員資格認定者は、「コーチでしたらともかく、一般の会員として当クラブではとてもお引き受けできません。」という説明をすることになり、おそらく、依頼者である会員資格の申請者は、その説明に納得して、「ではコーチとして雇ってください」という別の新たな要求をするかもしれません。
まとめ
今回は、トランザクションがハッピーパスに沿って進まない場合として、依頼者が「要求する」という調整行為を行い、「要求した」という調整事実が発生したあとに、実行者が妥当要求のいずれかを認めなかった場合を取り上げ、基本トランザクションを少し拡張しました。
次回は、トランザクションがハッピーパスに沿って進まない別の場合として、実行者が「宣言する」という調整行為を行い、「宣言した」という調整事実が発生したあとに、依頼者が妥当要求のいずれかを認めなかった場合を取り上げ、基本トランザクションをさらに拡張することで、標準トランザクションパターンと呼ばれるパターンを導入することにします。
〈著者プロフィール〉
飯島 淳一(いいじま じゅんいち)
企業デザイン研究所 代表
東京工業大学(現、東京科学大学)名誉教授
https://ed-institute.net/
