Management
【第1回】DXについてちゃんと考えるために:エンタープライズ・オントロジー入門
2024.09.21
執筆:東京理科大学 経営学部 国際デザイン経営学科 教授 飯島淳一
前回:【第0回】人間活動の本質的な構造を「見える化」する:エンタープライズ・オントロジー入門
突如巻き起こったDXブーム
2018年9月に経済産業省から発表された「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~」を契機に、わが国ではDXブームが起こり、ネット記事や新聞・テレビなどで、DXという文字を見聞きするようになりました。
2020年初頭からの新型コロナ感染拡大を受けて、Corporate Vice President for Microsoft 365のJared Spataroさんによれば、マイクロソフトCEOのSatya Nadellaさんが「2か月で2年分のDXが起こった」と言ったとされています(*1)。それでは、わが国ではどうだったでしょう? 2020年の夏の新聞、雑誌、ネットの記事を見てみましょう。
・「東京は依然ファクス…政府のコロナ情報把握システム、自治体4分の1使わず 大阪、神奈川も停滞」(毎日新聞 7月14日)
・「新型コロナウイルスによる影響で、やっと日本のビジネスの中心的存在でもあった「印鑑認証」、いわゆる紙・ハンコ文化が見直されようとしている。」(東洋経済オンライン 7月22日)
結局、デジタル化の遅れが露呈したのではないでしょうか? とはいえ、デジタル化が進んだ分野もあります。たとえば、ZoomやTeamsなどの遠隔会議システムによる在宅勤務や遠隔会議、AR(augmented reality)を用いた遠隔作業支援、VR(virtual reality)を用いた仮想デパートや自動車の損害調査研修などです。
(*1) Jared Spataro, ”2 years of digital transformation in 2 months,”
https://www.microsoft.com/en-us/microsoft-365/blog/2020/04/30/2-years-digital-transformation-2-months/(2024年10月5日アクセス)
DX(デジタル変革)は、企業組織における構成要素やそれらの間の関係を、デジタル技術を用いて変える
さて、DXはDigital Transformationのことを指し、日本語では、一般に「デジタル変革」と訳されています。「trans」に対応するものとしてXが使われるので、DXと省略されています。デジタル変革の主な定義には、次のものがあります。
・「デジタルビジネス変革とは、デジタル技術と業績改善のためのビジネスモデルの利用による組織の変化である」(Michael R. Wade, 2015)
・「デジタル変革とは、組織内のさまざまなレベルにおける、技術によってもたらされる変化であり、既存のプロセスを改善するためのデジタル技術の活用と、潜在的にビジネスモデルを変えることができるデジタルイノベーションの探求の両方を含んでいる」(Sabine Berghaus et al., 2016)
・「デジタル変革とは、プロセス、顧客体験、価値を根本的に変えるために、新しい技術を適用することを意味している 」(IDC, 2019)
これらに共通することは、「デジタル技術を使った変革である」ということかと思います。連載第0回でITとデジタルの違いについてオードリ・タンさんは、「ITとは機械と機械をつなぐものであり、デジタルとは人と人をつなぐ」といったことを紹介しましたが、なるほどと思わせます。
さて、デジタル技術の本質について、筆者は『瞬時に、障害なく、抜けなく、世界中の人々や至る所にある機器を「つなげる」ことができる』((McKinsey&Company, 2018)(*2)に加筆)ことだと考えています。
(*2) Jacques Bughin et al., ”Why digital strategies fail,” McKinsey Quarterly, January 2018.
では次に、変革(transformation)について考えてみましょう。辞書的には、transformationとは「transformしたり、transformされる行為、プロセス、事例のことである」とされています。さらに、「transformする」とは、「組成や構造における変化である」とされています。では、組成や構造とは何のことでしょう?
システムという概念の代表的な定義では、「システムの構成とは、組成と環境と構造である」とされています(*3)。ここで、システムの内部である組成と構造は、それぞれ「何からできているか」、そして「それがどのような相互作用をしているか」に対応するものと考えることができます。したがって、何からできているかが組成に、それがどのような相互作用をしているかが構造であると考えられます。
これらから、デジタル変革とは「企業組織における構成要素やそれらの間の関係を、デジタル技術を用いて変えることである」といえます。もちろん、企業は何らかの目的を持った活動をしているので、その目的を達成するために、ということです。
(*3) Jan L. G. Dietz and Hans B. F. Mulder, Enterprise Ontology, Springer, 2020.
DX(デジタル変革)は、企業組織におけるデザインを変更する
さて、昨今DXはバズワードした感があります。デジタル技術を使っていれば、なんでもDXと呼んでいる気がしますが、これを広義のDXということにして、次の三つを区別したいと思います。
・Digitization:データのデジタル化のことです。印鑑を電子化したり、ファックスをやめてメール添付にしたり、宿帳をExcelで実現したりすることが、例として挙げられます。新型コロナウイルス感染症の拡大で進んだのは、まずはこの部分です。
・Digitalization:プロセスのデジタル化のことです。対面で行われていた会議をオンライン会議にしたり、対面授業を遠隔授業にしたり、出社せずに自宅や社外で業務をこなすテレワークなどが、例として挙げられます。これについても、新型コロナウイルス感染症の拡大で進みました。
・Digital Transformation(狭義のDX):本来のデジタル変革に対応するものです。建機にGPSを搭載し、通信衛星回線などを用いて、個々の車両の現在地や稼働状況を遠隔でモニタリングできるようにしたコマツのKomtraxや、介護施設に設置したベッドマットレスの下に体動センサーを設置し、そこで計測したデータと入居者の食事や運動などのデータを組み合わせ、データアナリティクスを用いて、食品や新たなサービスの開発につなげていこうとしている損保ジャパンの事例などが、例として挙げられます。
言い換えると、狭義のDXはいわば、企業組織における実装の変更ではなく、企業組織におけるデザインの変更であるといえます。
DX(デジタル変革)するためには、企業活動の本質を捉える必要がある
企業における業務活動はますます複雑化してきており、その全体像を捉えることが難しくなっています。また、業務活動には、商品を製造したり、輸送したり、原材料を購入したりするなど、機械による支援を受けながら人間による責任を伴う活動と、コンピュータ(機械)によって規則にしたがって間違いなく行われる活動が、混然一体となって取り扱われています。
企業組織におけるデザインの変更を行うには、企業活動の本質を捉える必要があります。そのためには、機械による支援はできても、機械によって置き換えることのできない活動に注目して、業務活動の全体像を捉えることが重要です。
すなわち、狭義のDXに正面から向き合うためには、ビジネスの全体像を理解する必要があります。エンタープライズ・オントロジーはそのための厳密な理論的基礎を与えてくれるのです。
第3回 未定
〈著者プロフィール〉
飯島 淳一(いいじま じゅんいち)
東京理科大学 経営学部 国際デザイン経営学科 教授
https://www.tus.ac.jp/ridai/doc/ji/RIJIA01Detail.php?act=nam&kin=ken&diu=7284