Management
【第2回】企業活動=生産活動+調整活動【企業活動の肝は調整行為】【エンタープライズ・オントロジー入門】
2025.05.09
執筆:企業デザイン研究所代表 飯島淳一
前回:【第1回】DXについてちゃんと考えるために【エンタープライズ・オントロジー入門】
第1回は、「DXについてちゃんと考えるために」と題して、狭義のDX(デジタル変革)とはデジタル技術を使った変革であり、具体的には、「企業組織における構成要素やそれらの間の関係を、デジタル技術を用いて変えることである」としました。そして、狭義のDXに正面から向き合うためには、ビジネスの全体像を理解する必要があり、エンタープライズ・オントロジーはそのための厳密な理論的基礎を与えてくれると結論づけました。
第2回は、企業活動が生産活動と調整活動の2つから構成され、その中の調整活動が、エンタープライズ・オントロジーの中心テーマであるということについてお話しします。企業活動がどのような活動から構成されているか、各々の活動が行為とその結果である事実からなるということが、第2回のポイントです。また、第2回をお読みになることで、なぜエンタープライズ・オントロジーでは調整活動に焦点を当てるのかについて理解することができると思います。この調整活動こそが、次回以降ご説明する、生産活動に対する依頼者と実行者の間のやり取りについて深堀する対象となります。
生産活動=生産行為+生産事実
さて、エンタープライズ・オントロジーでは、企業活動を、生産活動と調整活動に分けて考えます。ここで、生産活動が「データレベル」「情報レベル」「オリジナルレベル」の3つのレベルに分けられるということ、そして、オリジナルレベルの生産活動は、情報レベルの生産活動を利用し、情報レベルの生産活動は、オリジナルレベルの生産活動を支持すること。また、情報レベルの生産活動は、データレベルの生産活動を利用し、データレベルの生産活動は、情報レベルの生産活動を支持するということについては、第0回でお話ししました。
生産活動を、その活動を行う生産行為と、生産行為の結果としてもたらされる生産事実の2つからなると考えることにしましょう。たとえば、ある自動車製造工場で、製造番号25ハー3922412の完成車を製造することを考えるとき、「製造番号25ハー3922412の完成車を製造する」という行為が生産行為で、「製造番号25ハー3922412の完成車が製造された」という行為の結果が生産事実になります。
生産活動は、自動車の製造のように、有形なものだけが生産されるわけではありません。たとえば、あるテニスクラブで、申請者に会員番号3421番の会員資格を認めるということを考えるとき、「会員番号3421番の会員資格を認める」いう行為が生産行為で、「会員番号3421番の会員資格を認めた」という行為の結果が生産事実になります。このように、無形なものについても生産行為や生産事実を考えることができます。
生産活動のオリジナルレベル
第1回でお話ししたように、生産活動は、以下の3つのレベルに分類できます。
• 保存する、公刊する、供給する、蓄積する、コピーするなどのデータレベル
• 記憶する、計算する、共有するなどの情報レベル
• 考察する、決定する、判断する、製造する、輸送するなど、新たな事実を世界にもたらすオリジナルレベル
エンタープライズ・オントロジーでは、企業活動の本質に焦点を当てるために、この中のオリジナルレベルに注目します。
この連載の第17回(予定)以降で詳しくお話ししますが、オリジナルレベルの生産活動には「生成と変更」「輸送と貯蔵」「所有権移転」、そして「用益権取得」の4つの種類があります。
ここで、「生成と変更」というのは、それまでに存在していなかった新しい事物を作ること、あるいは事物を拡張し、修飾し、修理することです。有形の事物の例としては、先に上げた完成車を製造するという生産活動がこれに対応します。ほかには、家を建てるとか、彫刻物を制作するなどがあります。
会員資格を認定するという生産活動は、「生成と変更」における無形の事物の場合に相当するものです。建築許可を与えるとか判決を下すというものも、無形の事物の生成と変更に相当します。
「生成と変更」には、しばしば部品あるいは構成要素と呼ばれる他の事物の組立品があります。これらの部品を製造する生産活動は、完成品を生産する生産活動のいわば部品となるものです。
「輸送と貯蔵」は、有形の事物に関係しているものです。コンテナの陸上運送などがその例です。コンテナの陸上運送は、トラックにコンテナを載せ、実際にコンテナをある拠点から他の拠点に輸送し、そしてコンテナを降ろすことからなるので、「生成と変更」と同様に、部品となる生産活動を伴います。
「所有権移転」は、購入と販売のように、有形の事物が売り手から買い手に、一般的には金銭の交換が行われる生産活動に対応します。ここで、支払も金銭の所有権移転なので、別の生産活動とみなされます。
たとえば、宅配ピザ店でピザを購入することを考えるとき、そこには、ピザという商品の所有権移転と支払いによる金銭の所有権移転があります。
購入と販売は、売り手が所有している商品を買い手が永久に利用できることを意味していますが、「一時的に利用する権利を与える」ということも考えられます。たとえば、ホテルの宿泊とか、航空機の搭乗などです。「用益権取得」は、このように、時間と空間に関係した資源を利用する権利を与えることに関係しています。
自動車、家、ホテルの部屋、そして飛行機、スタジアムあるいは劇場の座席のような有形の事物に関する用益権を取得することは、通常、レンタルとも呼ばれています。もし自動車をレンタルするなら、ある期間自動車を使用する権利を手に入れるし、航空便の座席を予約するなら、その航空便が運ばれる飛行機の座席を使用する権利を手に入れるというわけです。「用益権取得」には、資源の獲得と資源の解放がともない、これらは通常それぞれにチェックインとチェックアウトと呼ばれていることはご存じのとおりです。
用益権はサービスとも呼ばれるもので、最近では、所有権を移転する代わりに、いわゆるサブスクのように、サービスを提供する傾向にありますね。
調整活動とは
さて、組織における生産活動に関わる役割として、実際にその生産を依頼する役割とその生産を実行する役割の2つの役割があります。生産を依頼する役割を依頼者ロール、生産を実行する役割を実行者ロールと呼ぶことにします。一つの生産活動における依頼者ロールと生産者ロールの間には、生産が依頼されてから、実際に生産が行われ、依頼者ロールがそれを受け入れるまでの一連のやり取りがあるはずです。これが調整活動です。
調整活動についても、その活動を行う調整行為と、調整行為の結果としてもたらされる調整事実の2つからなると考えることにしましょう。
たとえば、「製造番号25ハー3922412の完成車が製造された」という生産事実を発生させる生産行為を考えてみましょう。
このような生産行為に至るまでには、
• 本社の生産管理部門が策定した生産基本計画にもとづいて、販売会社からの具体的な要求を当該工場の製造部門の担当部署が検討し、
• 具体的な生産計画を立て、
• その計画にしたがって、「製造番号25ハー3922412の完成車を製造する」という生産が要求され、
• 実際に製造する実行者ロールがその要求を受けて生産行為を行い、
• そして、その結果としてもたらされる生産事実を依頼者ロールである製造部門の担当部署が受け入れる
という一連の調整活動があります。
また、「会員番号3421番の会員資格を認めた」という生産事実を発生させる生産行為については、
• 申請者から会員資格の認定が要求され、
• 会員資格を付与するかどうかに関する規則にしたがって、実際に認定の可否を行う実行者ロールが、(認定する場合には)その要求を受けて生産行為を行い、
• その結果としてもたらされる「会員番号3421番の会員資格を認めた」という生産事実を依頼者ロールが受け入れる
という一連の調整活動があります。
生産行為に関する一連の手順=作業指示仕様書
さて、生産活動における生産行為については、その組織固有の手順や、やり方があると考えられます。
たとえば、自動車工場では、完成車を製造するにあたり、インストルメントパネルの取り付けやガラスの貼り付けからはじまり、バンパーやエンジンの取り付けを経て、最終仕上げに至る一連の組立工程について、その工場固有の手順があります。
また、テニスクラブでの会員資格の認定に当たっては、申請者の年齢や収入などの申請者に関する要件だけでなく、会員数の上限との兼ね合いなどテニスクラブの固有の条件も勘案して、申請を認定するか却下するかを決める一連の手順があるはずです。
エンタープライズ・オントロジーでは、生産行為に関するこのような一連の手順をまとめたものを「作業指示仕様書」と呼びます。「製造番号25ハー3922412の完成車を製造する」手順や、「会員番号3421番の会員資格を認める」手順については、組織ごとに異なるので、「製造番号25ハー3922412の完成車が製造された」や「会員番号3421番の会員資格を認めた」という生産事実だけを議論の対象とし、これらの事実が産み出される手順については議論の範囲外におくことにして、考察の対象とはしないことにしています。
企業活動のモデル化:生産世界と調整世界
さて、「世界とは事実の総体であり、物の総体ではない。」と言ったのは、20世紀最大の哲学者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインですが、エンタープライズ・オントロジーでも、生産事実からなる世界と調整事実からなる世界を考えます。そして、前者を生産世界、後者を調整世界と呼んでいます。

図 生産世界と調整世界
図にあるように、依頼者ロールと実行者ロールを担う主体間のやり取りである調整行為によって発生する調整事実によって、調整世界が創られ、実行者ロールを担う主体によって行われる生産行為の結果発生する生産事実によって、生産世界が創られます。
図では、調整行為を白抜きの四角で、調整事実を白抜きの丸で表しています。また、生産行為については、グレーに塗った四角、生産事実についてはグレーに塗った菱形でそれぞれを表しています。
生産行為や生産事実がグレーに塗ってあるのは、先に述べたように、エンタープライズ・オントロジーでは、生産活動については議論の範囲外と考えているからです。また、一つの生産事実が創られる生産行為のまわりには、依頼者ロールと実行者ロールを担う主体間で行われる調整行為が複数あることから、複数の調整事実が発生します。そのため、調整事実は、生産事実よりも数が多くなっています。
第2回では、企業活動が生産活動と調整活動の2つから構成されていること、生産活動における生産行為については、その組織固有の手順や、やり方があるため、エンタープライズ・オントロジーでは、調整活動に焦点をあてることについてお話をしました。
第3回では、調整活動における調整行為が、生産活動に関する依頼者と実行者の間のコミュニケーションとして考えることができるということについてお話をします。そして第4回以降は、調整行為が3つのパターンに分類することができるということについてお話をしたいと思います。
第4回 未定
〈著者プロフィール〉
飯島 淳一(いいじま じゅんいち)
企業デザイン研究所 代表
東京工業大学(現、東京科学大学)名誉教授
https://ed-institute.net/