Management
【第3回】調整行為=依頼者⇄実行者【調整行為はコミュニケーション的行為】【エンタープライズ・オントロジー入門】
2025.05.21
執筆:企業デザイン研究所代表 飯島淳一
【第0回】人間活動の本質的な構造を「見える化」する
【第1回】DXについてちゃんと考えるために
【第2回】企業活動=生産活動+調整活動【企業活動の肝は調整行為】
第2回では、企業活動が生産活動と調整活動の2つから構成され、その中の調整活動が、エンタープライズ・オントロジーの中心テーマであるということについてお話ししました。
生産活動は、その活動を行う生産行為と、生産行為の結果としてもたらされる生産事実の2つからなり、「製造番号25ハー3922412の完成車を製造する」という有形なものの生産だけでなく、「会員番号3421番の会員資格を認める」いう無形なものの生産についても考えるというお話をしました。また、生産活動をデータレベル、情報レベル、オリジナルレベルという3つのレベルで考えたとき、エンタープライズ・オントロジーで注目するオリジナルレベルの生産活動には、「生成と変更」「輸送と貯蔵」「所有権移転」、そして「用益権取得」の4つの種類があることについてもお話ししました。また、第2回の最後に、エンタープライズ・オントロジーでは、生産行為に関する一連の手順をまとめたものを「作業指示仕様書」と呼び、これについては、組織ごとに異なるので、生産事実だけを議論の対象とし、これらの事実が産み出される手順については議論の範囲外におくことにして、考察の対象とはしないことにしているとしました。
さて、第3回は調整活動に焦点を当ててお話しします。調整活動というのは、第2回でもお話ししたように、生産を依頼する依頼者と、生産を実行する実行者の間にある、生産が依頼されてから、実際に生産が行われ、依頼者がそれを受け入れるまでの一連のやり取りのことです。調整活動についても、生産活動と同様に、その活動を行う調整行為と、調整行為の結果としてもたらされる調整事実の2つからなると考えることにします。
第3回は、第4回以降お話しする、調整活動における3つのパターンの土台になることについてお話しします。少し哲学的な耳慣れない言葉も出てきますが、おつきあいください。
コミュニケーション的行為
さて、エンタープライズ・オントロジーでは、調整行為をハーバーマスの「コミュニケーション的行為の理論」にもとづいて考えます。ハーバーマスは、1929年生まれのドイツの哲学者です。
ハーバーマスによれば、コミュニケーション的行為は、「話し手」「意図」「聞き手」「命題」の4つの部分から構成されています。

図 コミュニケーション的行為
ここで、話し手と聞き手は主体、つまり人間で、特に社会との関係で存在する個人(これを社会的個人といいます)としての特性として、人と人との間の約束に関わる存在のことを指します。また、命題とは、コミュニケーション的行為によって実現を目指す、「である」あるいは「でありうる」状態のことです。
たとえば、コーヒーショップで顧客がウェイターにコーヒーを注文するシーンを思い浮かべてください。ここでの話し手は顧客で、聞き手はウェイターということになります。また、ここでの命題は、「顧客がコーヒーを手にする」ことであるということができます。
最後に、ここでの意図とは、命題に対する話し手(顧客)の聞き手(ウェイター)に対する意図を指します。したがって、この状況では、話し手である顧客が、聞き手であるウェイターが命題を真にすることを望んでいると考えられますので、「要求」がここでの意図であると考えることができます。
妥当要求
ハーバーマスは、コミュニケーション的行為を行う際に、聞き手は話し手に対して、妥当要求を行うとしています。妥当要求には、「正当性要求」「誠実性要求」「真理性要求」の3種類があり、これら3つの妥当要求のそれぞれが満たされるかどうかは、聞き手が評価することになります。
では、これら3つの要求について、順番にご説明しましょう。正当性要求が満たされるというのは、社会的な規範や法律に従って、話し手がそう言うこと、つまり「そういう発言を話し手がするという行為そのもの」を正当であると認めることです。2つ目の誠実性要求が満たされるというのは、話し手が誠実な人物であると聞き手が認めることを意味しています。最後の真理性要求が満たされるというのは、聞き手がその命題を真にすることができると認めることを意味しています。これらの要求は、聞き手によって評価され、その評価結果によって、聞き手の反応が変わってきます。
「要求」における妥当要求
先にあげたコーヒーショップで顧客がウェイターにコーヒーを注文するシーンでは、その顧客がコーヒーを注文する権限を持っているとウェイターが認めるならば、聞き手であるウェイターは正当性要求が満たされていると判断することになります。もし、顧客が「お金を持っていないんだけど、コーヒーを一杯もらえる?」とウェイターに言ったとすると、ウェイターはおそらく、その顧客がコーヒーを注文する権限を持っているとは認めないでしょうから、聞き手であるウェイターは正当性要求が満たされないと判断するでしょう。
次に、その顧客が誠意をもってその注文をしているとウェイターが認めるならば、聞き手であるウェイターは誠実性要求が満たされていると判断することになります。もし顧客が明らかに一人しかいないのに注文が「コーヒーを10杯ください」というものだったとすると、ウェイターは顧客の誠意を疑うでしょうから、聞き手であるウェイターは誠実性要求が満たされないと判断するでしょう。
最後に、「顧客がコーヒーを手にする」という命題を真とすることができる、つまり、ウェイターがその注文に対応できると認めるならば、聞き手であるウェイターは真理性要求が満たされていると判断することになります。もし、注文されたコーヒーの豆が切れているときには、「顧客がコーヒーを手にする」という命題を真とすることができないので、聞き手であるウェイターは真理性要求が満たされないと判断することになります。
これら3つの妥当要求がすべて受け入れられるとき、コミュニケーション的行為は成功することになり、調整行為は次のステップに進みます。
次のステップは、ウェイターが「約束」によって応答することです。もし、これら3つの妥当要求の一つでも満たされないときには、コミュニケーション的行為は失敗することになり、調整行為は、ウェイターが「約束」によって応答するステップに進むことはできません。第6回で詳しくお話ししますが、このときには、実行者であるウェイターは「辞退」という調整行為をとることになります。
次回にもお話ししますが、実行者が生産行為に入る前には、依頼者がその生産を「要求」し、実行者がその生産を「約束」することが必要です。先のコーヒーショップの例では、「顧客がコーヒーを手にする」という命題を真にすることが生産行為にあたるので、それが行われる前には、顧客がウェイターにコーヒーを注文するという「要求」が行われ、それに対して、ウェイターが「かしこまりました」と言うなどにより「約束」することが必要です。
「宣言」における妥当要求
顧客の「要求」における3つの妥当要求がすべて満たされているとウェイターが評価し、ウェイターが「約束」をすると、その次には、「顧客がコーヒーを手にする」という命題を真にするという生産行為が行われることになります。この生産行為の結果である「顧客がコーヒーを手にする」という命題を真にしようとするときには、実行者であるウェイターは、生産行為が終わったことを「宣言」することになります。これについては、今度は聞き手である顧客が、3つの妥当要求を評価することになります。
たとえば、そのウェイターには先に注文したコーヒーを出す権限があると顧客が認めるならば、聞き手である顧客は正当性要求が満たされていると判断することになります。もし、コーヒーを持ってきたウェイターが別のウェイターで、間違えて別のテーブルに出すコーヒーを持ってきたとすると、顧客はおそらく、そのウェイターには「注文したコーヒーを出す権限を持っているとは認めないでしょうから、聞き手である顧客は正当性要求が満たされないと判断するでしょう。
次に、そのウェイターが誠意をもってコーヒーを出したと顧客が認めるならば、聞き手である顧客は誠実性要求が満たされていると判断することになります。もしウェイターが持ってきたコーヒーが冷めてしまっているときには、顧客はウェイターの誠意を疑い、聞き手である顧客は誠実性要求が満たされないと判断するでしょう。
最後に、「顧客がコーヒーを手にする」という命題を真とすることができると認めるならば、聞き手である顧客は真理性要求が満たされていると判断することになります。ウェイターが持ってきたものが、コーヒーではなく紅茶だったとすると、「顧客がコーヒーを手にする」という命題を真とすることができないので、聞き手である顧客は真理性要求が満たされないと判断することになります。
これら3つの妥当要求がすべて受け入れられるとき、コミュニケーション的行為は成功することになり、調整行為は次のステップに進みます。
次のステップは、顧客が「受諾」によって応答することです。もし、これら3つの妥当要求の一つでも満たされないとき、コミュニケーション的行為は失敗することになり、調整行為は、顧客が「受諾」によって応答するステップに進むことはできません。これについては、第7回で詳しくお話ししますが、このときには、依頼者である顧客は「拒否」という調整行為をとることになります。
次回にもお話ししますが、生産活動にかかわる調整行為が成功裏に終了するためには、生産行為を行った後に、実行者がその生産行為の結果としての生産事実について「宣言」し、依頼者がそれを「受諾」することが必要です。先のコーヒーショップの例では、「顧客がコーヒーを手にする」という命題を真にすることが生産行為にあたるので、それが行われた後には、ウェイターが顧客にコーヒーを出すという「宣言」が行われ、それに対して、顧客が「ありがとう」と言うなどにより「受諾」することが必要です。
ハッピーパス
依頼者による「要求」に対して、妥当要求がすべて満たされていると評価され、実行者による「約束」と生産行為が行われた後、実行者による「宣言」に対して、妥当要求がすべて満たされていると依頼者に評価され、依頼者による「受諾」が行われる、という一連の流れは、もっとも望ましい流れなので、ハッピーパス(Happy Path)と呼ばれています。このようにハッピーパスにおける調整行為は、「要求」「約束」「宣言」「受諾」と進んでいくのですが、その前提には、「要求」と「宣言」において、3つの妥当要求のいずれもが満たされる必要があります。ハッピーパスについては第4回で詳しくお話をいたします。
まとめ
第3回では、調整行為は依頼者と実行者の間のコミュニケーション的行為という観点でとらえられるということについてお話ししました。調整行為がスムースに進むためには、正当性要求、誠実性要求、真理性要求という3つの妥当要求が満たされていると聞き手が判断することが必要であることがわかりました。
第4回は、調整行為が「要求」「約束」「宣言」「受諾」とスムースに進む、ハッピーパスについてもう少し詳しくお話しします。
第4回 未定
〈著者プロフィール〉
飯島 淳一(いいじま じゅんいち)
企業デザイン研究所 代表
東京工業大学(現、東京科学大学)名誉教授
https://ed-institute.net/