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【第4回】トランザクションにおけるハッピーパス【基本トランザクションパターン】【エンタープライズ・オントロジー入門】
2025.05.30
執筆:企業デザイン研究所代表 飯島淳一
【第0回】人間活動の本質的な構造を「見える化」する
【第1回】DXについてちゃんと考えるために
【第2回】企業活動=生産活動+調整活動【企業活動の肝は調整行為】
【第3回】調整行為=依頼者⇄実行者【調整行為はコミュニケーション的行為】
すでにお話ししたように、エンタープライズ・オントロジーでは、企業活動は生産活動と調整活動からなると考えます。第2回では生産活動に、第3回では調整活動についてお話ししました。調整活動は、生産を依頼する依頼者と、生産を実行する実行者の間にある、生産が依頼されてから、実際に生産が行われ、依頼者がそれを受け入れるまでの一連のやり取りのことで、エンタープライズ・オントロジーの中心テーマとなっているものです。
第3回でお話ししたように、調整活動における調整行為は、ハーバーマスのいう「コミュニケーション的行為」として捉えることができます。つまり、すべての調整行為は「話し手」「意図」「聞き手」「命題」の4つの部分から構成されています。このコミュニケーション的行為の連鎖が、「要求」、「約束」、それに続く生産活動、「宣言」、「受諾」という、ハッピーパスに沿って進むどうかは、
① 依頼者による「要求」に対して、妥当要求がすべて満たされていると実行者が評価し、
② 実行者による「約束」と生産行為が行われた後、実行者による「宣言」に対して、妥当要求がすべて満たされていると依頼者が評価し、
③ 依頼者による「受諾」が行われる、
すなわち、「要求」と「宣言」において、3つの妥当要求のいずれもが満たされる必要があります。
第4回では、このハッピーパスについて詳しくお話しいたします。ハッピーパスは、トランザクションにおけるもっとも基本となるパターンであるため、基本トランザクションパターンと呼ばれています。ここで、トランザクションというのは、一つの生産物を生産することに関する、生産活動と調整活動からなるまとまりのことで、業務プロセスを構成する単位になります。
3つのフェーズ
図1にあるようにトランザクションは、「注文フェーズ」「実行フェーズ」「結果フェーズ」の3つのフェーズから成り立っていると考えることができます。
注文フェーズというのは、生産行為を実行する実行者が、生産行為を依頼する依頼者の要求に応じてもたらす生産物についての合意に到達するために、両者が議論し交渉するフェーズを指します。
実行フェーズでは、実行者は、ある生産物を産み出します。生産行為を依頼した依頼者は、通常、このフェーズで実行者がどのようなことをしているかについては何も知りません。
最後の結果フェーズは、実際にもたらされた生産物について実行者が生産したことを宣言し、生産を依頼した依頼者が受諾するという合意に到達するために、実行者と依頼者ロールが議論し、交渉するフェーズです。

図1 トランザクションにおける3つのフェーズ
注文フェーズでは、基本的に生産物のすべての性質について交渉できます。たとえば、コーヒーショップの例では、注文するコーヒーの種類とか、砂糖やミルクが必要かどうかなどです。その中のいくつかの性質については、結果フェーズでも交渉できます。たとえば、もしコーヒーが冷めてしまっていれば、依頼者は出てくる生産物に満足しないかもしれません。そのときには、再度、温かい珈琲を入れてもらうことに同意するということもあり得ます。
第2回でお話ししたように、私たちを取り巻く世界は、調整行為の結果として発生した調整事実からなる調整世界と、生産行為の結果として発生した生産事実からなる生産世界の2つの世界から成り立っています。
基本トランザクションパターン
図2は基本トランザクションパターンと呼ばれる、トランザクションを成功させるために行わなければならない5つのステップからなるパターンを示しています。これは、注文フェーズにおける要求と約束という2つの調整活動、結果フェーズにおける宣言と受諾という2つの調整活動、そしてその間に挟まれている、実行フェーズにおける生産活動(生産行為とその結果としての生産事実)です。
図2の□は調整行為、〇は調整事実を、また■は生産行為、◆は生産事実をそれぞれ表しています。生産活動(生産行為とその結果としての生産事実)は、実行者によって行われ、依頼者はそれに関知しないので、それを示すためにグレイで塗っています。

図2 基本トランザクションパターン
コーヒーショップの例で説明しましょう。
最初のステップは「顧客がコーヒーを手にする」という命題についての顧客(依頼者)による「要求」(rq)で、ウェイター(実行者)によって受信されます。ここが、このトランザクションにおける注文フェーズの入り口になります。
2番目のステップは、「顧客がコーヒーを手にする」という命題についてのウェイターによる「約束」(pm)で、ハッピーパスではこの注文フェーズは成功裏に終了し、実行者であるウェイターがコーヒーを入れる実行フェーズが始まります(ここでは簡単のため、ウェイターがコーヒーを入れることにしています)。
生産活動の後、ウェイターは顧客に対して、彼の仕事の結果を「宣言」(da)するのですが、これが3番目のステップとなります。この瞬間に、生産事実が、依頼者にわかるようになります。
これは、ハッピーパスにおける結果フェーズの入り口になります。このフェーズは、宣言された結果を顧客が「受諾」(ac)したときには成功裡に終了します。これが調整活動の4番目のステップとなります。
図2にある上下の2つの長方形は、依頼者と実行者の責任領域を示しています。つまり、依頼者は要求と受諾という調整行為に「責任」があり、実行者は約束と宣言という調整行為、およびその間にある生産活動に責任があるということです。責任という考え方については、後の回で詳しくお話しします。2人のアクターが各々の責任領域で行われる調整行為の結果としての調整事実を共有できることを表すために、調整事実がこれらの長方形の間に置かれています。
完成車の製造の場合
有形の生産物を生産するトランザクションの例として、第2回で取り上げた「製造番号25ハー3922412の完成車が製造された」という生産事実を発生させる生産活動を考えてみましょう。このような生産活動の前後には、
① 本社の生産管理部門が策定した生産基本計画にもとづいて、販売会社からの具体的な要求を当該工場の製造部門の担当部署が検討し、
② 具体的な生産計画を立て、
③ その計画にしたがって、「製造番号25ハー3922412の完成車を製造する」という生産が要求され、
④ その要求を受けて生産行為を行い、
⑤ そして、その結果としてもたらされる生産事実を依頼者ロールである製造部門の担当部署が受け入れる
という一連の調整活動があります。ここで、依頼者は工場の生産管理担当者で、実行者は工場の製造担当者になりますが、エンタープライズ・オントロジーでは、その行為に責任をもつものが、それぞれのロール(役割)を担うと考えます。したがって、ここでは、依頼者を当該工場の生産管理部長、実行者を当該工場の製造部長と考えてみましょう。
いずれにせよ、それぞれのロールを担当するもの、あるいは、権限が委譲され、それを代行するものが、具体的な依頼や実行を行うことになります。もちろん、完成車の製造を一人で行うことはできないので、実際に行うのは複数人ですが、ここではあくまでも責任はだれがもつのかという観点で考えています。
「完成車を製造する」ことについての、生産管理部長による「要求する」という調整行為によって発生した「要求した」という調整事実に対して、製造部長が「約束する」という調整行為でそれに応え、「約束した」という調整事実が発生します。その後に直ちに「完成車を製造する」という生産行為が行われ、生産事実が発生します。それを受けて、製造部長が生産事実を「宣言する」という調整行為を行い、「宣言した」という調整事実に対して、生産管理部長がそれを「受諾する」という調整行為を行い、「受諾した」という調整事実が発生して、一連のトランザクションが終了するというのが、ここでの基本トランザクションパターンということになります。
いつもこのようにうまくいくとよいのですが、たまには、災害などにより部品の供給が滞っていて、「完成車を製造する」ことを「約束」できなかったり、製造ラインにおける何らかの不具合により、「受諾」できなかったりすることがありますよね。これは、第3回でお話しした、3つの妥当要求のどれかが満たされなかった場合に相当します。これについては、第5回で詳しくお話しします。
テニスクラブ会員資格認定の場合
次に、無形の生産物を生産するトランザクションの例として、第2回で取り上げた「会員番号3421番の会員資格を認める」という生産事実を発生させる生産活動について考えてみましょう。
この生産活動の前後には、申請者から会員資格の認定が要求され、会員資格を付与するかどうかに関する規則にしたがって、実際に認定の可否を行う実行者が、(認定する場合には)その要求を受けて生産行為を行い、その結果としてもたらされる「会員番号3421番の会員資格を認める」という生産事実を依頼者が受け入れるという一連の調整活動があります。
これを基本トランザクションパターンの観点から見てみると、次のようになります。依頼者は会員資格の申請者で、実行者はテニスクラブで会員資格を認定する担当者になります。ここでも、実際に依頼の責任をもつものが、会員資格の申請者という役割をもった主体であるとすると、依頼者というよりも依頼者ロールといった方が適切ですね。一方、実行者についても実行の責任をもつのは、会員資格認定者という実行者ロールを考えた方が適切であると思います。
「会員資格を認める」ことについての、申請者による「要求する」という調整行為によって発生した「要求した」という調整事実に対して、会員資格認定者が「約束する」という調整行為でそれに応え、「約束した」という調整事実が発生します。その後直ちに「会員資格を認める」という生産行為が行われ、生産事実が発生します。それを受けて、会員資格認定者が生産事実を「宣言する」という調整行為を行い、「宣言した」という調整事実に対して、申請者がそれを「受諾する」という調整行為を行い、「受諾した」という調整事実が発生して、一連のトランザクションが終了するというのが、ここでの基本トランザクションパターンということになります。
テニスクラブ会員資格認定の場合も、たまには会員の人数が多すぎて新規入会が認められないことがあるので、「会員資格を認める」ことを「約束」できなかったりします。また、会員が順守すべき規則が急に変更になったので、申請者が「受諾」できなかったりすることがありますよね。先の完成車の製造の場合と同じく、これも第3回でお話しした、3つの妥当要求のどれかが満たされなかった場合に相当します。これについても、第5回で詳しくお話しします。
まとめ
第4回では、ハッピーパスについて詳しくお話をしました。ハッピーパスは、トランザクションにおけるもっとも基本となるパターンであるため、基本トランザクションパターンとも呼ばれています。第4回のキーワードの1つが、「トランザクション」という言葉です。これは、1つの生産物を生産することに関する、生産活動と調整活動からなるまとまりのことで、業務プロセスを構成する単位になるものでした。
第4回では、「完成車の製造」と「テニスクラブ会員資格認定」という、有形と無形の生産物を生み出す生産活動を1つずつ取り上げ、ハッピーパスについて詳しく説明しました。
いつもこのようなハッピーパスに沿って物事が進めばよいのですが、世の中そんなに甘くありません。第5回では例外が発生して、ハッピーパスとならない場合について、妥当要求との関係で詳しく見てみます。
第5回 未定
〈著者プロフィール〉
飯島 淳一(いいじま じゅんいち)
企業デザイン研究所 代表
東京工業大学(現、東京科学大学)名誉教授
https://ed-institute.net/