Management
【第5回】例外が発生しないのは妥当要求が認められるから【ハッピーパスになる条件】【エンタープライズ・オントロジー入門】
2025.06.06
執筆:企業デザイン研究所代表 飯島淳一
【第0回】人間活動の本質的な構造を「見える化」する
【第1回】DXについてちゃんと考えるために
【第2回】企業活動=生産活動+調整活動【企業活動の肝は調整行為】
【第3回】調整行為=依頼者⇄実行者【調整行為はコミュニケーション的行為】
【第4回】調整行為におけるハッピーパス【基本トランザクションパターン】
第3回でお話ししたように、調整活動における調整行為は、ハーバーマスのいう「コミュニケーション的行為」、つまり、「話し手」「意図」「聞き手」「命題」の4つの部分から構成されています。このコミュニケーション的行為の連鎖が、「要求」、「約束」、それに続く生産活動、「宣言」、「受諾」という、ハッピーパスに沿って進むどうかは、妥当要求に対する評価に左右されます。
ハッピーパスでは、具体的には、話し手である依頼者による「要求」に対して、妥当要求がすべて満たされていると聞き手である実行者が評価し、実行者による「約束」と生産活動が行われた後、話し手である実行者による「宣言」に対して、妥当要求がすべて満たされていると聞き手である依頼者が評価し、依頼者による「受諾」が行われます。つまり、「要求」と「宣言」という2つのステップにおいて、3つの妥当要求のいずれもが満たされる必要がありました。
第4回では、「完成車の製造」と「会員資格の認定」という、有形の生産物と無形の生産物を生み出す生産活動を1つずつ取り上げ、ハッピーパスについて詳しく説明しました。今回は、3つの妥当要求が認められるということの意味について、もう少し深堀してお話をします。
妥当要求についての復習
妥当要求については、第3回でお話ししましたが、ここで、少し復習をしておきましょう。ハーバーマスによれば、コミュニケーション的行為において、聞き手は話し手に対して、妥当要求を行います。妥当要求には、「正当性要求」「誠実性要求」「真理性要求」の3種類があり、これらの妥当要求の各々が満たされるかどうかは、聞き手が評価することになります。これらの3つの妥当要求が満たされると評価されると、図に示す基本トランザクションパターンに沿って、トランザクションが進んでいくことになります。これがハッピーパスでした。

図 基本トランザクションパターン(再掲)
ここで、正当性要求が満たされるとは、社会的な規範や法律に従って、話し手がそう言うこと 、つまり「そういう発言を話し手がするという行為そのもの」を正当であると聞き手が認めることです。また、誠実性要求が満たされるとは、話し手が誠実な人物であると聞き手が認めることを意味しています。最後の真理性要求が満たされるというのは、その命題を真にすることができると聞き手が認めることを意味しています。
「完成車の製造」における妥当要求
はじめに、有形の生産物を生み出す生産活動として、第4回で取り上げた「完成車の製造」をとりあげ、そこでの妥当要求について考えてみましょう。
この例の依頼者と実行者について、ここでは、依頼者は当該工場の生産管理部長、実行者は当該工場の製造部長であると考えることにします。これは、依頼と実行について責任をもつのが、これらの役職にいるものだからで、その意味では、依頼者ロール、実行者ロールと呼ぶ方が正確なのですが、ここでは簡単化のために「ロール」を省略しています。
考えるべきポイントは、(1) 依頼者が「要求する」という調整行為を行い、「要求した」という調整事実が発生したあとに、実行者が認めるべき3つの妥当要求の評価と、(2) 実行者が「宣言する」という調整行為を行い、「宣言した」という調整事実が発生したあとに、依頼者が認めるべき3つの妥当要求の評価についてです。
(1)「要求」における妥当要求の評価
最初に、依頼者から実行者に、「製造番号25ハー3922412の完成車を製造する」という生産が要求されます。
a. 正当性要求
正当性要求が満たされるというのは、社会的な規範や法律に従って、そういう発言を話し手がするという行為そのものを正当であると聞き手が認めることでした。
たとえば、工場の生産管理部長の頭越しに、本社の生産管理部長から直接この要求があった場合には、「工場の生産管理部長を通してください」ということになりますし、あるいは、顧客が電話でいきなりこの製造を要求してきたとしても、もちろん取り合わないでしょう。
これらの場合には、正当性要求が満たされないと評価するということになりますが、ここでの話し手は依頼者である生産管理部長ですので、一般的には、正当性要求は満たされると評価されるでしょう。
b. 誠実性要求
誠実性要求が満たされるというのは、話し手が誠実な人物であると聞き手が認めることを意味していました。
この例ではなかなか想定しづらいのですが、たとえば、エイプリルフールとして工場の生産管理部長がこの製造を要求してきた場合などは、冗談として聞き流すことになり、誠実性要求が満たされないと評価するということになります。
c. 真理性要求
真理性要求が満たされるというのは、その命題を真にすることができると聞き手が認めることを意味していました。
この例では、たとえば、製造に必要な部品の在庫がないとか、製造部の従業員が大量に休んでいるといった場合など、要求された完成車の製造ができないときには、真理性要求が満たされないと評価することになります。
(2)「宣言」における妥当要求の評価
実行者が「製造番号25ハー3922412の完成車を製造する」という生産行為を行い、その生産事実が発生すると、実行者は直ちに「宣言する」という調整行為を行い、「宣言した」という調整事実が発生します。それに対して、聞き手である依頼者は3つの妥当要求について評価することになります。
a. 正当性要求
ここでは、当該工場の製造部長が実行者、つまり話し手なので、社会的な規範や法律に従って、そういう発言を製造部長がするという行為を、聞き手である依頼者(当該工場の生産管理部長)は正当であると認めるでしょうから、正当性要求は満たされると考えられます。
b. 誠実性要求
これもビジネスの例ではなかなか想定しづらいのですが、たとえば、製造部長が「宣言」を立ち話でしてきた場合などは、きちんとしたルートで報告してくださいということになり、誠実性要求が満たされないと評価するということになるでしょう。
c. 真理性要求
この例の場合には、たとえば、「製造番号25ハー3922412の完成車」に対する完成検査の一部が、長年の慣習で抜け落ちていたことが発覚した場合などには、要求された完成車の製造ができていないと判断され、真理性要求が満たされないと聞き手である当該工場の生産管理部長は評価することになります。
「会員資格の認定」における妥当要求
次に、無形の生産物を生産するトランザクションの例として、第4回で取り上げた「テニスクラブ会員資格の認定」をとりあげ、そこでの妥当要求について考えてみましょう。
この例の依頼者は会員資格の申請者、実行者はテニスクラブの会員資格認定者と考えることにします。
考えるべきポイントは、(1) 依頼者が「要求する」という調整行為を行い、「要求した」という調整事実が発生したあとに、実行者が認めるべき3つの妥当要求の評価と、(2) 実行者が「宣言する」という調整行為を行い、「宣言した」という調整事実が発生したあとに、依頼者が認めるべき3つの妥当要求の評価についてでしたね。
(1)「要求」における妥当要求の評価
最初に、依頼者から実行者に、「会員資格を認める」という生産が要求されます。
a. 正当性要求
ここでの話し手は依頼者である会員資格の申請者です。
たとえば、この申請者がすでに会員であった場合には、二重で資格を与えることはできないので、「あなたはすでに当クラブの会員です」ということになります。あるいは、以前会員だったけれども、会費の滞納などで会員資格を抹消された人であった場合には、その旨を説明して、お引き取りいただくことになります。
これらの場合には、正当性要求が満たされないと評価するということになります。
b. 誠実性要求
この例では、たとえば、会員資格の申請者が元ウィンブルドン・チャンピオンであった場合などは、冗談として聞き流すことになり、誠実性要求が満たされないと評価するということになるかと思います。
c. 真理性要求
この例の場合には、たとえば、このクラブの許容会員数を超えてしまう場合には、新規会員を受け入れられません。また、このクラブの入会規則に年齢制限があり、会員資格の申請者の年齢が、それを満たしていない場合にも、要求された会員資格を認定することができません。これらは真理性要求が満たされないと評価することになります。
(2)「宣言」における妥当要求の評価
実行者が「会員資格を認定する」という生産行為を行い、その生産事実が発生すると、実行者は直ちに「宣言する」という調整行為を行い、「宣言した」という調整事実が発生します。それに対して、聞き手である依頼者は3つの妥当要求について評価することになります。
a. 正当性要求
ここでは、会員資格認定者が実行者、つまり話し手なので、社会的な規範や法律に従って、そういう発言を会員資格認定者がするという行為を、聞き手である依頼者(会員資格の申請者)は正当であると認めることになりますから、正当性要求は満たされると考えられます。
b. 誠実性要求
これについても、一般的には社会的存在である会員資格認定者としての話し手が誠実な人物であると、聞き手である会員資格の申請者は認めるでしょうから、誠実性要求についても満たされると思われます。 ですが、会員資格認定者がたとえば、「宣言する」という調整行為を行うときに、会員資格認定の見返りを要求してきたときには、誠実性要求が満たされないと評価することになるでしょう。
c. 真理性要求
会員資格認定者が「宣言する」という調整行為を行ったときに、たとえば、認められる会員資格が、会員資格の申請者が希望していた一般会員ではなく、優先的に講習が受けられるプレミアム会員であったとします。この場合には、聞き手である会員資格の申請者の希望と異なるので、要求した会員資格の認定ができていないと判断し、真理性要求は満たされないと評価することになります。
まとめ
第5回の今回は、「完成車の製造」と「会員資格の認定」という、有形の生産物と無形の生産物を生み出す生産活動を1つずつ取り上げ、妥当要求を評価するステップである「要求」と「宣言」の2つについて、「正当性」「誠実性」「真理性」の3つの妥当要求が、どういう場合に認められるかあるいは認められないかについて、深堀してお話をしました。
3つの妥当要求が満たされなかった場合には、「要求」のステップでは「約束」がなされず、「宣言」のステップでは「受諾」がなされないことになります。その場合、どのようなことが起きるのでしょう?
次回は、「要求」のステップで「約束」がなされなかった場合を取り上げ、その場合に、どのような状況になるのかについてお話しします。
第6回 未定
〈著者プロフィール〉
飯島 淳一(いいじま じゅんいち)
企業デザイン研究所 代表
東京工業大学(現、東京科学大学)名誉教授
https://ed-institute.net/