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人的資源管理技術にまつわるキーワードを詳細解説!【技術士のHOTワードWeb 第5回】
「総合技術監理部門」の合格につながる
2024.08.07
第5回
職業安定法、職業能力開発促進法、人的資本の情報公開
技術士における21の技術部門のなかで、一線を画すカテゴリーである総合技術監理部門。時々刻々と変化する最新テクノロジーの知識を吸収する専門性だけでなく、さまざまな分野を総合的に判断できるマネジメント能力も求められる。まさに、スキルアップのために取得する部門だ。
本連載は、総合技術監理部門の試験に必要な「キーワード集」(文部科学省が公表)のなかから、HOTなキーワードを徹底解説するものである。今回はキーワード集2024で新たに追加された人的資源管理技術関連のキーワードである。
(1)職業安定法
職業安定法は1953(昭和28)年に公布、施行され、労働者の希望に沿った職業紹介、労働市場の需給調整、労働条件の改善などを目的とした法律である。
職業紹介とは同法第4条第1項において「求人(①)及び求職(②)の申込みを受け、求人者と求職者との間における雇用関係(③)の成立をあっせん(④)することをいう」と定義されている。その用語の意味を表1に、概念を図1に示す。
図1の職業紹介者には厚生労働省が設置している公共職業安定所と、そのほかの職業紹介事業(後述する学校、法人、地方公共団体、民営など)がある。公共職業安定所(職安、ハローワーク)は職業安定法の理念を実現するための重要な役割を担い、同法に基づいて厚生労働省が設置している。ハローワークの主な取り組みを表2に示す。
①有料職業紹介事業
有料職業紹介事業とは、職業紹介について手数料または報酬を受けて行う職業紹介事業を指し、同法第32条の規定により、求職者に紹介してはならないものとされている職業(具体的には港湾運送業務に就く職業および建設業務に就く職業)以外の職業について、同法第30条の厚生労働大臣の許可を受けて行うことができる。
②無料職業紹介事業
無料職業紹介事業とは、職業紹介について、いかなる名義でも手数料または報酬を受けないで行う職業紹介事業である。いずれの事業も同法第33条の規定により、厚生労働大臣の許可、もしくは同大臣への届け出が必要である(表3)。
地方公共団体が行う無料職業紹介事業の例として「東京しごとセンター」とハローワークを比較してみる(表4)。
民営職業紹介事業は厚生労働大臣の許可を受けた事業者によって行われ、求職者と求人者の間を仲介し、雇用関係の成立をあっせんする事業である。公共職業安定所(ハローワーク)が行う職業紹介事業と異なり、以下の点が特徴として挙げられる。
・民営職業紹介事業者は求人者から手数料や報酬を受け取るため、よりきめ細やかなサービスを提供することができる。
・特定の業界や職種に特化したサービスを提供している場合があり、専門性の高い人材を求めている企業や、専門性の高い職種に就きたい求職者にとって有効な手段となる。
・求職者に合わせて休日や夜間の対応が可能である。
・求職者に代わって採用担当者との交渉を行うサービスがある。
・求職者から成功報酬や手数料を徴収することがある。
・注意点として、求職者の利益より自らの利益を優先する悪徳職業紹介事業者がいる。
さて、職業安定法が施行されてから70年以上が経過した。この間に多くの改正が行われている。2022(令和4)年には「的確(正確、最新)な求人情報の表示義務」「求職者個人情報の取り扱いルール」が改正され、2024(令和6)年には「求人情報(業務範囲、就業場所、有期労働契約基準)の明示」についての改正が行われている。情報ネットワーク利用の求人、求職は便利な反面、不正確な情報や個人情報の目的外利用など、是正しなければならない状況の改善が求められている。
なお、労働関係法は数年に1回の頻度で総監試験で出題されている。職業安定法については総監試験H24Ⅱ-1-10の不適切な選択肢「職業安定法は、職業安定諸機関が労働者にその有する能力に適合する職業に就く機会を提供するとともに、一定の条件を満たした失業者に対して給付金を支給することを定めている」としての出題があった。前半は適切だが、アンダーラインの部分は雇用保険法の記述なので不適切となる。
(2)職業能力開発促進法
職業能力開発促進法は1958(昭和33)年に「職業訓練法」として施行され、1985(昭和60)年の改正で現在の名称に変更となった。「労働者の職業に必要な能力の開発及び向上を促進し、もって職業の安定と労働者の地位の向上を図るとともに、経済及び社会の発展に寄与することを目的」としている。総監試験H24Ⅱ-1-10では、この目的の法文が、そのまま適切な選択肢のひとつとして出題されている。
①基本理念
この法律に基づく職業能力開発は、労働者各人の希望、適性、職業経験、その他の条件に応じつつ、雇用および産業の動向、技術の進歩、産業構造の変動などに即応できるように、その職業生活の全期間を通じて段階的かつ体系的に行う。また、労働者の自発的な努力を助長するように配慮する。
②関係者の責務
事業主および国や都道府県の責務を表5に示す。
③主な実施内容と実施主体
職業能力開発の実施内容と実施主体の関係を表6に示す。
④最近の改正内容
2022(令和4)年に施行した職業能力開発促進法の主な改正内容を表7に示す。
従業員のリカレント(recurrent)教育やリスキリング(Re-skilling)へのニーズは高いが、35~64歳の就業者の約70%が学びなおしを必要と思いながら、それを実行しているのは実際に15%弱と報道されている。
実行できない理由はお金や時間の問題が合わせて65%であり、何を学べばいいかわからないが21%で続いている。事業主によるキャリアコンサルティングの機会確保が必要な理由である。
学びなおしはリカレント教育とも呼ばれる。リカレント教育とは、学校教育を終えて社会に出たあとも、各人の必要なタイミングで再び教育を受け、仕事と教育を繰り返すことである。
リスキリングとは時代の変化により、これから必要とされる新たなスキルや知識を、従業員に身につけさせるために行う教育のことである。働き方の変化やDX、GXの進展によって仕事の進め方が大きく変化し、その変化に対応するべく新たなスキルの必要性が叫ばれている。リスキリングはキャリアチェンジ(配置転換や転職など)に必要であり、具体的にはIT、語学、パソコン操作、資格、免許などが挙げられる。技術者や研究者にとって技術士資格の取得は、リスキリングの目標として最右翼のひとつではないだろうか。総監試験R06Ⅰ-1-15では、学びなおしやリスキリングについての記述の適切、不適切を問う出題があった。
(3)人的資本の情報公開
①人的資本の情報公開の概要
人的資本の情報公開(情報開示)とは、企業が従業員の育成や教育、ダイバーシティ、労働環境などについての取り組みや施策内容、実施後のデータなどを投資家や株主などのステークホルダーに向けて開示することである。
人的資本の情報はTCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスクフォース)やTNFD(Task Force on Nature-related Financial Disclosures:自然関連財務情報開示タスクフォース)に基づく情報とともに、投資家や株主、求職者にとっての重要な情報となっている。これらの情報はESG投資につながる。ESG投資とは、財務情報だけでなく、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)などの要素も考慮した投資のことで、このなかで人的資本の情報はガバナンスに含まれる。これを開示する目的を表8に示す。
②人的資本の情報開示項目
日本における情報開示項目は、内閣府「人的資本開示ガイダンス」や東京証券取引所「上場企業向け開示制度」などにより、表9に示す7分野19項目から構成されている。
③情報開示の対象企業
2023年3月期決算以降、有価証券報告書を提出する上場企業が対象となっている。
④開示方法
情報開示は、有価証券報告書に記載する必要がある。また、定時株主総会において人的資本の情報開示についての質疑応答を行うことが求められている。
⑤人的資本の情報開示の重要性
近年、グローバルビジネスを展開する企業や、従業員の過半数が外国人の企業などを含め、グローバルビジネス環境のなかで人的資本が競争力の源になっている。従業員の働き方改革への取り組みを情報開示することも、ますます重要になっている。
また、ESG課題への積極的、能動的な取り組みの結果のひとつである人的資本の情報開示によって企業のガバナンスへの取り組みの評価を上げることが重要視される。
そのようななかで、五大国家資格のひとつである技術士の存在は、人的資本の重要な要素のひとつになっている。総合技術監理部門を含む21の技術分野の技術士は、企業内外のコミュニティで互いに触発しあいながら自己研鑽を積んでいる。資質向上に努めた技術士は国際的な技術者資格(APECエンジニア、IPEA国際エンジニア)に登録することで、活躍の場を世界に広げ、企業のグローバルビジネスに貢献することができる。
技術士を人的資本の要素とする企業団体は技術士のプラチナエッグである修習技術者を質、量ともに育成し、将来の人的資本の拡充を目指すべきである。修習技術者とは技術士第一次試験に合格した者、もしくは指定された教育課程の修了者のことである。この「指定された教育課程の修了者」とは日本技術者教育認定機構(JABEE)が認定した大学院、大学、高等専門学校の学部、学科、専攻に対して文部科学大臣によって指定された教育課程の修了者のことである。
筆者も、自己研鑽を積むとともに、後進の育成に全力で取り組んでいきたい。
[参考]
「日本のトップ100社のコーポレート・ガバナンス2024」
森・濱田松本法律事務所編著、株式会社日本経済新聞出版、2023年
「人的資本経営のマネジメント 人と組織の見える化とその開示」
一守 靖著、株式会社中央経済社、2022年
文/南野 猛(技術士:情報工学、総合技術監理)