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環境にまつわるキーワードを詳細解説!【技術士のHOTワードWeb 第4回】
「総合技術監理部門」の合格につながる
2024.07.04
第4回
ドーナツ経済、ロス&ダメージ(気候変動の悪影響に伴う損失と損害)、Scope1、2、3(直接排出量、間接排出量、関連する他社の排出量)、サーキュラーエコノミー(循環経済)
技術士における21の技術部門のなかで、一線を画すカテゴリーである総合技術監理部門。時々刻々と変化する最新テクノロジーの知識を吸収する専門性だけでなく、さまざまな分野を総合的に判断できるマネジメント能力も求められる。まさに、スキルアップのために取得する部門だ。
本連載は、総合技術監理部門の試験に必要な「キーワード集」(文部科学省が公表)のなかから、HOTなキーワードを徹底解説するものである。今回は環境に関連する4つのキーワードを取り上げる。これらはキーワード集2024で新たに追加されたキーワードである。
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(1)ドーナツ経済
①ドーナツ経済の概要
ドーナツ経済(Doughnut Economics)はイギリスの経済学者であるケイト・ラワース氏によって提唱された、持続可能な未来を目指す経済モデルである。図1にドーナツ経済の概念図を示す。
ドーナツの食べられる部分で中心の空洞に面する部分は「社会的な基盤」を表し、食料や水、衛生、教育、住居、医療など、人間が豊かに暮らすために必要な最低限の生活水準を意味する。ドーナツの中心の空洞は最低限の社会的基盤すら満足できない状況といえる。
一方、ドーナツの外側の空間に面する部分は「環境限界」を表し、その外側は地球の許容量を超えた範囲を示す。この環境限界を「プラネタリー・バウンダリー」と呼び、9つの項目が含まれている(「気候変動」「生物圏の一体性」「土地利用の変化」「淡水利用」「生物地球化学的循環」「海洋の酸性化」「大気エアロゾルによる負荷」「成層圏オゾン層の破壊」「新規化学物質」)。このうち「気候変動」「生物圏の一体性」「土地利用の変化」「淡水利用」「生物地球化学的循環」「新規化学物質」の6つの項目では、すでに地球の環境限界境界を上回っているといわれている。
従来の経済モデルは経済成長を唯一の目標としてきた。しかし、この成長主義は環境破壊や貧富の格差の拡大などの問題を引き起こしている。貧困と不正を根絶するための持続的な支援と活動を90カ国以上で展開している国際的な団体・オックスファムの報告によると、上位1%の富裕層は2030年までに世界全体の温室効果ガス排出量の30%を排出する可能性があるという。これは最も貧しい50%の排出量より、はるかに多いものだ。
ドーナツ経済は、このような問題を解決するために、経済成長だけでなく、社会的な基盤と環境限界の両方を満たすことを目指している。
このモデルの中核となる7つの思考法を表1に示す。ドーナツ経済は持続可能な未来を実現するための新しい経済モデルとして期待されている。


②ドーナツ経済の重要性
ドーナツ経済が目指すものを表2に示す。

③ドーナツ経済への取り組み
ドーナツ経済を実現するためには個人、企業、政府の、それぞれが役割を果たしていくことが重要である(表3)。技術者は個人として、企業の構成員として、主権在民の国民として使命と役割を果たし、持続可能で、公平な、幸福があふれる地球にしていくことだ。
まだ理想の段階だが、技術者が個々の意識を変えることで実現可能な未来となるだろう。

(2)ロス&ダメージ(気候変動の悪影響に伴う損失と損害)
①ロス&ダメージの概要
ロス&ダメージとは気候変動の影響で、すでに発生しているか、将来的に発生する可能性のある損失と被害を指す。具体的には表4のようなものが含まれる。
ロス&ダメージは特に途上国で深刻な問題となっている。途上国の社会インフラは気候変動の影響を受けやすく、適応するための資金や技術も不足している。
ロス&ダメージは経済的損失だけでなく、社会的損失や文化的損失も伴う。例えば、コミュニティの崩壊、伝統的の生活様式の喪失、アイデンティティの喪失などが考えられる。

②ロス&ダメージへの取り組み
ロス&ダメージへの取り組みとしては表5のようなものが挙げられる。
ロス&ダメージは国際的な議論の場でも重要な議題となっている。2022年の国連気候変動枠組条約第27回締約会議(COP27)では、途上国への資金支援の創設が決定された。国際社会全体で協力して取り組むことが重要である。技術者の知恵と力を生かすいい機会となるだろう。

(3)Scope1、2、3(直接排出量、間接排出量、関連する他社の排出量)
①スコープ1、2、3の概要
スコープ1、2、3は温室効果ガス(GHG)の排出量を算定、報告するための国際的な基準であるGHGプロトコルで定められた分類方法である。
排出源によって3つに分けられ(表6)、自社の事業活動とサプライチェーン全体における温室効果ガスの排出量を包括的に把握することができる。
スコープ1、2、3を把握することは以下の点において重要になる。
・自社の温室効果ガス排出量の現状を把握する
・排出量削減のための対策を検討、実施する
・サプライチェーン全体の脱炭素化を進める
・投資家や顧客に自社の取り組みを説明する
・気候変動対策への取り組みを証明する

②スコープ1、2、3の算定方法
スコープ1、2、3の排出量はGHGプロトコルに基づいて算定される。その方法は簡易法と詳細法の2種類がある(表7)。

③今後の課題
スコープ1、2、3の算定方法については国際的な議論が続いている。また、スコープ3の排出量算定方法の標準化や、データ収集の容易化なども課題となっている。今後、ますます多くの企業がスコープ1、2、3の排出量算定に取り組むことが予想される。
(3)サーキュラーエコノミー(循環経済)
①サーキュラーエコノミーの概要
サーキュラーエコノミー(循環経済)とは従来の「資源を採掘して」「つくって」「使って」「捨てる」というリニア(直線)経済から脱却し、製品や素材、資源の価値を可能な限り長く保全および維持し、図2に示すように廃棄物の発生を最小限化する経済システムである。
サーキュラーエコノミーと実現するために、表8のような取り組みが必要になる。企画、設計、製造段階では技術者の役割が、これまで以上に重要となる。環境負荷の低減だけでなく、経済成長や雇用創出など、さまざまなメリットをもたらすことが期待されている。


②サーキュラーエコノミーの重要性
サーキュラーエコノミーは持続可能な未来を実現するための新しい経済モデルで、個人、企業、政府の各レベルでの取り組みが重要となる。技術者は、より広い視野を持って、公衆の幸福のために、この経済モデルの構築に取り組んでいく必要がある(表9)。

総合技術監理キーワード集2024では42のキーワードが追加され、そのうち24のキーワードが社会環境分野であった。本連載では第1回から7月14日に行われる総監試験に向けて出題の可能性が大きい新規キーワードを中心に取り上げ、解説してきた。受験者は本コラムを参考に直前学習に取り組んでほしい。心から健闘を祈る。
[参考]
「ドーナツ経済学が世界を救う」
ケイト・ラワース著、黒輪 篤嗣訳、株式会社河出書房新書、2018年
「新装版サーキュラー・エコノミー デジタル時代の成長戦略」
ピーター・レイシー&ヤコブ・ルトクヴィスト著
牧岡 宏、石川 雅楽監訳、アクセンチュア・ストラテジー訳、株式会社日経BP、2019年
文/南野 猛(技術士:情報工学、総合技術監理)