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経済性管理技術分野にまつわるキーワードを詳細解説!【技術士のHOTワードWeb 第7回】
「総合技術監理部門」の合格につながる
2024.10.16
第7回
事業評価(政策評価)、費用効果分析(費用便益分析、費用効用分析)、インプット指標、アウトプット指標、アウトカム指標
技術士における21の技術部門のなかで、一線を画すカテゴリーである総合技術監理部門。時々刻々と変化する最新テクノロジーの知識を吸収する専門性だけでなく、さまざまな分野を総合的に判断できるマネジメント能力も求められる。まさに、スキルアップのために取得する部門だ。
本連載は、総合技術監理部門の試験に必要な「キーワード集」(文部科学省が公表)のなかから、HOTなキーワードを徹底解説するものである。今回は経済性管理技術分野のキーワードである。
(1)事業評価(政策評価)
事業評価、政策評価とは、ある事業および政策が当初の目的を達成できているか、費用対効果はどうかなど、その事業の成果や効果を客観的に評価するプロセスである。企業や政府、地方公共団体において、新たな事業の採択や既存事業の見直し、さらには投資判断の根拠として活用される。
①事業評価
事業評価は意思決定におけるツールである。活用できる主な分野、項目を表1に示す。
②政策評価
政府および地方公共団体における政策評価は公共サービス(警察、交通、教育、社会サービス、環境保護、経済開発など、多岐にわたる)の業績を測定して、次の予算配分などに生かされる。公共サービスの対象は国民、住民、在日外国人、法人などである。
政策は単年度予算で行われているようにみえる場合もあるが、単年度で完結する事業は多くはない。実際には複数年度にまたがり、複数プロジェクトにまたがる政策プログラムとして評価することが求められる。身近な地方公共団体における政策プログラム評価の活用分野と具体的な業績測定項目の例を表2に示す。
筆者が専門とする情報工学分野の業績評価として気になったのは、マイナンバーカード関連の情報システム構築アプローチである。システム開発の初期段階で情報処理の現場のスタッフを集めて、例外処理が必要なデータの存在を検討することなどが実施されていたか疑問が残る。例えば、同姓同名で生年月日が同じ人が何人いるか? などを検討するために、社会保険庁や国税庁、場合によっては東京都などの大規模自治体から知恵を借りたのだろうか。筆者は情報システムのコンピュータプログラムの8割程度が例外処理対応であることを経験している。
公共料金対応などの情報システムは、毎月、銀行口座振り替えやクレジットカードで遅滞なく支払う人に対応したプログラムの割合は少なく、窓口での現金払いを滞納したり、住所変更を繰り返す人に対応したプログラムが大半であることを知っている。情報システム開発では、この部分に多くの注力が必要である。
筆者は業者との契約金額が13億円の新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)に対しても意見があるが、2023年2月に「接触確認アプリCOCOAの運営に関する連携チーム」から「新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)の取り組みに関する総括報告書」が発表され、そこでの反省点といえる記述を今後に生かしてくれることに期待して意見の陳述は控えることとする。
一般論として、情報システムづくりは「安い会社」ではなく、「できる会社」に発注すべきで、「知人のいる会社」への発注は大きなリスクとなる。発注者が「当事者能力を持っていること」はいうまでもない。
(2)費用効果分析(費用便益分析、費用効用分析)
費用効果分析(CBA:Cost-Benefit Analysis)とは、ある事業やプログラム(複数プロジェクト)、プロジェクトの費用に対して、どれだけの効果が得られたのかを数値で評価する手法である。「かけた費用に見合う成果が出たのか?」を数値で示すことで、その事業やプログラムの有効性を判断することである。費用効果分析の目的を表3に示す。
①費用効果分析の手法
効果の内容としては、製品の生産数、社員の資格取得数、売り上げ高、健康、幸福など、さまざまである。費用効果分析の代表的な手法を表4に示す。
②費用効果分析の手順
費用効果分析の主要な手順を表5に示す。
③費用効果分析の活用事例
主な活用事例を表6に示す。
(3)インプット指標
インプット指標(Input Indicator)は、図1に示すインプット(事業やプロジェクトに投入されるヒト、モノ、金、情報などの資源の量や質、タイミング)の指標で、これを用いて資源が適切であったか、効率的に利用されているかなどを評価する。
インプットや指標はプロジェクトや事業によって異なるが、具体例を表7に示す。
(4)アウトプット指標
アウトプット指標(Output Indicator)は、事業やプロジェクトの直接的な活動の結果として生み出された製品やサービスの量、質を表す指標である。目標としたアウトプットが達成されたか、生産性や効率性、歩どまり率(良品数÷製造数)などを評価する。
アウトプット指標はインプット指標と同様にプロジェクトや事業によって異なる。その具体例を表8に示す。
(5)アウトカム指標
アウトカム指標(Outcome Indicator)は、図1の右側に示すプロジェクトや事業がもたらした最終的な成果である。つまり、顧客や消費者に、どのような好影響をもたらしたか、目標が達成されたかなどを表す指標といえる(表9)。
例えば、全自動洗濯機のアウトカムは、それを使用することによって顧客が趣味や教養の時間を取ることが可能で、QOL(クオリティ・オブ・ライフ:生活の質)を高めることができる。その結果、その製品によって顧客満足度や、より豊かな人生というアウトカムを得ることができる。別な例として、ある営業担当者が自社の計測器(アウトプット)の機能や性能を熱く語っても、なかなか成約に至らなかった。そこで、その計測器が、だれでも簡単に操作できて、測定結果が正確なために職場の残業が減ったこと(アウトカム)を話したら、成約数が急に伸びたといった事例がある。
筆者は社会人になってから定年まで、情報システムのシステムエンジニアをしていた。最初に取り組んだのは大型車ディーラーの部品在庫管理オンラインシステムであった。
そのディーラーのサービス範囲(県)には4カ所の営業所があり、それぞれに部品を在庫していた。バス、トラックの修理に必要な部品が当該営業所にない場合、ほかの営業所の在庫をオンラインシステムで問い合わせて融通することができた。万が一、どの営業所にもない場合には割増料金のかかる緊急発注(エマージェンシーオーダー)となった。この場合、車両の顧客への引き渡しが遅れてしまうことがあり、顧客のビジネスにも影響があった。
この情報システムのアウトプット指標は全社レベルの正確な在庫量をリアルタイムで把握することだったが、アウトカム指標は緊急発注回数の低減と、修理期間の短縮による顧客満足度の向上であった。
もうひとつ例を挙げる。筆者は、ある政令指定都市の住民情報を漢字化するプロジェクトの責任者を経験した。それ以前のラインプリンタはアルファベット、数字、記号、カタカナしかプリントできなかったが、LBP(レーザービームプリンタ)の登場により、漢字やひらがななどもプリントできるようになった。
プロジェクトのアウトプットは住民情報(氏名や住所など)の正確な漢字への変換であった。そのため、あらかじめ漢字システムに用意されていたJIS準拠の漢字フォントに加えて、新たなフォント(外字)を作成するなども実施し、住民情報の漢字化を完成させてアウトプット指標をクリアできた。
アウトカム指標のひとつは住民満足および顧客満足で、郵便物が正確に届くことや、住民が各種の申請をするとき、事前にプリントした帳票のおかげで住民の手数を軽減するなどがあった。例えば、それまでは難読苗字(小鳥遊:たかなし、月見里:やまなし、など)の住民への通知郵便物において、配達員によっては発送者に戻ってきてしまっていた件数が、漢字化することでゼロに等しくなった。市の職員が漢字を書き足して再投函していた作業がなくなったのだ。
組織内においても、上司が「〇〇について知りたい」と言った場合、何をインプットにして何をアウトプットにするかを考えなければならない。経験を積むと、さらに上司が集めたデータを何に使うのかなどを知るための対話を継続し、アウトカムを把握したうえで、上司が望むアウトプットを作成できるようになる。筆者も、早とちりなどの失敗を経験し、反省を生かすための創意工夫を心がけてきた。
今回のHOTワードはキーワード集2020で登場したものである。ただし、費用効果分析の「費用便益分析」「費用効用分析」はキーワード集2021で加えられたものだ。令和3(2021)年の総監試験問題R03Ⅰ-1-1「政府や自治体の政策評価や企業等の投資評価に関する次の記述のうち、最も適切なものはどれか」の選択肢として費用便益分析、費用効用分析、アウトプット指標、アウトカム指標の4つの記述が出題された。それぞれの選択肢は1~2行の短い記述であるが、各キーワードの内容を理解していないと解答が難しい設問であった。
また、今回は経済性管理技術分野の事業企画からHOTワードを取り上げた。ここには「事業企画とは、事業のアイデアや案件を具現化するために、事業計画を策定する業務である。まず、事業の収支を予測し、事業として成り立つかどうかを判断するフィージビリティスタディが行われ、事業の実施決定後、事業の活動計画を前もって策定する事業計画が立案される。後者は、工場などでは生産計画、建設現場などでは施工計画、もしくは工事計画と呼ばれる。事業企画では、キャッシュ・フローを考慮するファイナンスの視点や、公共施設等の建設、管理を民間の資金、能力を活用して行うPFI(Private Finance Initiative)などの概念も重要である」(総合技術監理キーワード集2024)と記述され、プロジェクトに携わっている技術者にとっては、上流の位置づけになる。ここを学ぶことは、総監試験対策だけでなく、経営者や事業計画策定者との会話のためにも大切であり、これを契機に、しっかり学んでほしい。
[参考]
「政策評価入門 結果重視の業績測定」
ハリー・P・ハトリー著、上野 宏+上野真城子訳、株式会社東洋経済新報社、2004年
文/南野 猛(技術士:情報工学、総合技術監理)