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キャリアアップ・ナビゲーターが展開する「It’s Show Time!」【電気の花道21】
資格・de・ダダダ
2026.03.18
Episode 21「長野県長野工業高等学校」
「花の命は短くて」で始まる詩と同様に、3年間の高校生活はあっという間に終わってしまう。その限られた時間で輝くために、だれもが何かに夢中になっている。部活もそう、友だちとのアフタースクールもそう、バイトもそう、もちろん、恋愛だって……。多感な10代後半、みんな、青春を謳歌している。
しかし、この高校3年間は助走であって、決してピークではない。さらに輝きを放つ瞬間が、未来には星の数ほど存在しているのだ。
20代、30代と歳を重ねても輝き続けるためには、では、どうすればいいか?
それは、スクールライフに「資格」というエッセンスを追加すること。3年間を「ピークに向かうための準備期間」と考えるだけでいい。
この連載は、長年にわたって名古屋工学院専門学校で教鞭を執ってきた筆者が2018年7月から行っている「キャリア教育支援」で感じた喜怒哀楽を、そこはかとなく書き連ねた青春の応援歌である。
今回の舞台は長野県長野工業高等学校。さて、早速、キャリアの種をまいていくことにしよう……。
長野市といえば「善光寺」です。JR長野駅から善光寺まで続く善行寺表参道は非常に美しい街並みです。また、仲見世通りは活気があり、外国人観光客にも人気があります。
この表参道ですが、長野駅からは緩やかな上り坂が続くので、夏場は汗だくになります。だから、私は冬が好きです。冬の澄んだ空気のなか、アルプスの冠雪をバックにした街並みときたら、もう本当に美しい!
今回の長野県長野工業高等学校は、1918年に「長野県立工業高等学校」として開校した歴史があります。現在は「長野県長野工業高等学校」と名称が変わっていますが、その県で初めて開校した工業高校として〇〇県立工業高校という名称は各地にあります。
例えば「石川県立工業高等学校」です。この高校から初めて生徒が入学してきたときは「この高校名、間違ってない?」と思ったものです。なぜかというと、高校名を表記するとき、公立高校は「〇〇県立」を省略することが多いからです。
例えば、三重県立四日市工業高校は「四日市工業高校」ですよね。
この法則でいくと、石川県立工業高校は「工業高校」になる? 高校名がない……!?
知らなかったときは驚いたものです。お恥ずかしい。
気を取り直して、長野工業高校です。長野県の先生から「長工(長野工業高校)と松工(松本工業高校)は長野県の工業高校の基幹校であり、特別な学校です」と教えていただいたことがあります。
長工について、担任の山﨑先生に特徴を聞いたところ、なんと、1年生の上期で第二種電気工事士試験を受験するのです! 岐阜県の可児工業高校に続いて、入学直後に受験している学校になります。講演のなかで「第二種電気工事士を持っている人?」と聞くと、半数ぐらいの生徒が手を挙げていました。さらには第一種電気工事士を持ってる生徒まで! これは驚きです。長工、さすが!
この流れは、佐久平総合技術高校の藤木先生が長工にいたときにつくったようです。藤木先生といえば、私と長野県の工業高校をつないでくれた大恩人。ふとしたキッカケで藤木先生の話になり、心が温かくなりました。いつか藤木先生を大々的に取り上げたいと思っています。
肝心の「キャリア教育支援」はというと、本当に楽しく話すことができました。和気あいあいとしたムードのなか、質問へのリアクションも積極的で、大成功だったと自画自賛しています。
さてさて、今回の長野ツアーは「キャリア教育支援」以外にも大きな目的がありました。企業開拓です。
現在、本校には50名以上の長野県出身者がいて、その半数以上が電気工学科に在籍しています。その学生たちのために、資格取得だけでなく、Uターン就職の目的で企業開拓にも力を入れています。その成果のひとつとして、今年度は長野県庁の企業局に内定をいただくことができました。
そこで、より関係性を深めるために、企業局の担当者と意見交換の場を設けたのです。具体的な内容については、決まり次第、報告したいと思います。
そして、長野県の最大のゼネコンである「北野建設株式会社」に訪問し、本校の学生も入社のチャンスをいただけるように交渉しました。こちらの動向についても、後日!
長野県出身の学生を、電験を取得するまでフォローし、長野県の企業に就職するまでに育て上げる。私のキャリアの集大成として、そんな環境をつくっていきたいと思っています。長野県のみなさん、ご協力、よろしくお願いいたします!



プロフィール
石原 昭(いしはら・あきら)
1965年生まれ。1990年4月から名古屋工学院専門学校に勤務。夜間部電気工学科のクラス担任を経て、1993年4月から昼間部電気工学科のクラス担任を務める。管理職となる2015年まで22年、ひたすら電験三種の指導を行い、クラス担任として預かった約300名の学生を電験三種に合格させる。現在はテクノロジー学部の運営とともに工業高校生に対して「キャリア教育支援」を展開している。「電験合格請負人」「電験教育の伝道師」の異名で東海地区の電気業界で活躍中。
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