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電気の未来を育てる求道者たちの「It’s Show Time!」【工業高校GT「 」列伝01~電気の花道 第2章~】
工業教育・de・ダダダ
2026.07.29
Episode 01「岩佐昌尚×岐阜県立岐阜工業高等学校」
時は高度経済成長期。綿々と続く好景気により「工業」は活性化し、それを支えるであろう未来の技術者たちは、専門的なスキルの習得を求めて工業高校の門を叩いた。しかし……。
時は令和。いま、工業高校があぶない。1960年代中盤をピークに、生徒数は右肩下がりを続けている。そして、電気分野があぶない。科として独立できないほど募集定員に満たない状態が頻出している。
危険水域に入っているといっても過言ではないが、この状況に傍観しないで、工業復権のために率先して全力投球、瞳に炎を宿している熱き求道者も存在している。
この連載は、長年にわたって名古屋工学院専門学校で教鞭を執ってきた筆者のライフワーク「キャリア教育支援」で邂逅した、さまざまな手段で工業教育を先導するキーマンに宛てたチャントである。
電気の花道 第2章、記念すべき初回は岐阜県立岐阜工業高等学校のGT「I」、グレート・ティーチャー・イワサこと、岩佐昌尚先生の列伝を取り上げる。早速、物語のページを開いてみようか……。
プロローグ
「電気の花道」の連載も、気がつけばスタートから1年になります。時の流れは早いものです。突発的なことがない限り、この1年と同じ学校を訪問するという流れになりますが、それじゃあ、芸がない。ということで、違う視点から学校を取り上げます。
勉強でもクラブ活動でも何らかの成果を上げた学校や、100年以上の伝統を受け継いでいる学校には、必ずといっていいほどキーマンとなる先生がいます。電験三種で有名な工業高校にも名物先生が存在します。
しかし、どの先生も控えめなタイプが多く、「私だけじゃなくて、みんなで取り組んでいるからですよ」と表に出てくることを望んでいません。
ただ、そう思っているのは本人だけ。同じ地域にある工業高校で意見交換をしていると、その先生の話題は必ずといっていいほど上ってきます。
そうです、みなさん、その先生のことを尊敬しているんです!
このコラムを連載しているのも何かの縁。工業教育の発展に力の限りを尽くしているグレート・ティーチャーを、スポットライトがあたるステージに引っ張っていきたいと思います。
岩佐を動かす原動力
5年前の春、12年ぶりに電気系の学科、岐阜工業高校電気工学科へ赴任した。専攻は電気工学だが、数年前まで電子機械科に所属していた。
最初こそ機械系にはない雰囲気に違和感があったが、少しずつカンを取り戻してきた。電気工学科の主任として、どう運営していくかを考える日々のなか、名古屋工学院専門学校の石原先生の訪問を受けた。
その方向性について、正直、最初はうまくのみ込めないでいたが、まずは「キャリア教育支援」とやらを聞いてみようと思い、依頼した。
実際に講演が始まってみると、生徒の聞く態度、目の色が変わる瞬間に直面した。そして、石原先生の熱量の源が「純粋に電気技術者を増やしたい」からきていると感じた。
そのとき、私の父が自分の仕事について話してくれた数少ないエピソードの1つを思い出した。
電力会社で設計業務に就いていた父は、ある商店街の照明のリニューアルに携わっていた。その完成写真を撮影することになり、小学生だった私は同行することになった。そのときのことだ。
「この商店街の明かりは、お父さんが設計したんだ」
言葉少なに、でも、自慢げに話した父の姿に、電気技術者としての「誇り」を感じた。
実は、中学校を卒業して就職した父は現業職を歩んでいた。しかし、一念発起して第三種電気主任技術者を取得し、机上職に転じた。
資格は人生を変える。まさに、家族の生活も変えた父の資格取得。知らず知らず、その背中を追うように工業高校の電気科へ入学した。
石原先生の講演は、まさに高校時代に抱いた資格取得への姿勢を思い出させてくれた。
そして、岐阜工業高校に集まってきた生徒たちを、もっと強く応援したいと思うようになった……。
そこから、資格試験へのサポート、合格対策、チャレンジする資格数の増加など、精力的に進めてきた。その根底に、資格で人生を変えてほしい。日本の電力を支える技術者になって「誇り」を持って人生を歩んでほしい、という思いがあるからだ。
生徒自身の人生が最高のものになってほしいのはもちろん、現代社会の最重要インフラである「電力供給」を支える技術者の不足。これを放置していては何気ない日常でさえ送れなくなる。そんな危機感が、技術者の育成へと向かわせていると思う。
かつての父が、どんな思いで資格を取得したのか、いまとなっては知る由もないが、家族からみて、電力の安定供給にかける思いは、その行動からヒシヒシと感じていた。
月に1回の宿直に入る父へ夕食や着替えを届けにいったときの営業所の空気は特別なものがあった。宿直が明け、何ごともなく帰宅した父の安堵感からも、その思いは感じていた。
40年以上も前のことを振り返ることになろうとは思ってもいなかったが、すべては石原先生の熱量の影響である。自分を動かし続ける原動力を再認識することになった(文/岩佐昌尚)。



GT「I」との邂逅
この「キャリア教育支援」を広めるために、さまざまな工業高校に飛び込みでPRを展開してきました。もちろん、初対面なので簡単に話がまとまるはずがありません。
岐阜工業高校には2023年5月初旬に訪問しました。このときに対応いただいたのが岩佐先生だったのです。初対面にもかかわらず、私の話に熱心に耳を傾けていた姿が印象的だったんですが、驚いたことに、それからたった数週間後の5月24日に「キャリア教育支援」を実施することに……。なんて、レスポンスの早い先生なんでしょう! 電光石火の対応に感動したのを覚えています。
岩佐先生が岐阜県内の工業高校の先生に声をかけ、この活動が一気に広まりました。2022年までは岐阜県での実績は「0」でしたが、いまでは全学校で「キャリア教育支援」を展開。そのキッカケが岩佐先生というわけです。
本当に、人の出会いは大切だと痛感しました。

プロフィール
石原 昭(いしはら・あきら)
1965年生まれ。1990年4月から名古屋工学院専門学校に勤務。夜間部電気工学科のクラス担任を経て、1993年4月から昼間部電気工学科のクラス担任を務める。管理職となる2015年まで22年、ひたすら電験三種の指導を行い、クラス担任として預かった約300名の学生を電験三種に合格させる。現在はテクノロジー学部の運営とともに工業高校生に対して「キャリア教育支援」を展開している。「電験合格請負人」「電験教育の伝道師」の異名で東海地区の電気業界で活躍中。
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