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電気の未来を育てる求道者たちの「It’s Show Time!」【工業高校GT「 」列伝02~電気の花道 第2章~】
工業教育・de・ダダダ
2026.09.11
Episode 02「藤木芳房×長野県佐久平総合技術高等学校」
時は高度経済成長期。綿々と続く好景気により「工業」は活性化し、それを支えるであろう未来の技術者たちは、専門的なスキルの習得を求めて工業高校の門を叩いた。しかし……。
時は令和。いま、工業高校があぶない。1960年代中盤をピークに、生徒数は右肩下がりを続けている。そして、電気分野があぶない。科として独立できないほど募集定員に満たない状態が頻出している。
危険水域に入っているといっても過言ではないが、この状況に傍観しないで、工業復権のために率先して全力投球、瞳に炎を宿している熱き求道者も存在している。
この連載は、長年にわたって名古屋工学院専門学校で教鞭を執ってきた筆者のライフワーク「キャリア教育支援」で邂逅した、さまざまな手段で工業教育を先導するキーマンに宛てたチャントである。
電気の花道 第2章、今回は長野県佐久平総合技術高等学校のGT「F」、グレート・ティーチャー・フジキこと、藤木芳房先生の列伝を取り上げる。早速、物語のページを開いてみようか……。
普通科からのチャレンジャー=藤木の原動力
大学で電気工学を専攻し、電気科の教員として長野県箕輪工業高校に赴任。この佐久平総合技術高校で5校を数える。
普通科高校の出身ということで電気分野の資格があることも知らず、大学でも聞いたことがなかった(ポスターの掲示はあったと思う)。
工業高校の教員になって電気主任技術者や電気工事士の資格があることを知り、受験を決意。最初に電気工事士(現在の第二種電気工事士)を取得する。
その後、情報処理技術者試験、工事担任者総合通信(旧AI・DD総合種)、危険物取扱者など、各種の資格を取得したが、電験三種は最も近い試験会場が東京で、6科目で2日制の試験日程のために受験を諦めていた。
しかし、1995年に4科目、1日制に変更。これをチャンスとみて、電験三種の取得に至った。
長野県の電気系学科では2年次に全員が第二種電気工事士を受験することが多く、資格指導は第二種電気工事士と、これに合格した生徒を対象として第一種電気工事士に取り組む程度だった。
それが長野工業高校に赴任したとき、初めて電験三種にトライした。いまから20年ほど前の話だ。
学校には新幹線で通勤し、ダイヤの都合で始業時間(8時30分)より30分以上も早く出勤していた。
この時間を利用して電験三種の朝補習を始め、以降、上田千曲高校、佐久平総合技術高校とテストや行事日以外は、毎日、朝補習を続けている。
2008年に長野工業高校で担任を持ったとき、入学したばかりの1年生(41名)に第二種電気工事士の受験を推奨し、筆記に17名、技能に12名が合格した。
半分近くの生徒が合格したことが自信になり、クラス全体が資格や検定にチャレンジする雰囲気になった。しかし、取り組んだけど合格できずに「やってもムリ」と諦めムードが漂うリスクもある諸刃の剣でもあると感じた。
1年生で第二種電気工事士に挑戦して19年が経つが、長野工業高校では現在も1年生での受験が続いているという。
2014年、上田千曲高校に勤務していたとき、朝補習の仕上げとして電験三種の試験前に合宿を企画した。どうせなら、電験三種にチャレンジする全県の生徒を集めて合宿をしようというコンセプトで、当時、飯田OIDE長姫高校に勤務していた栄 隆志先生の協力を得て電験合宿がスタートした。
初回は岡谷市塩嶺野外活動センターを会場に有志の教員による合宿という形式だったが、次年度からは会場を長野県総合教育センター(塩尻市)に移し、長野県工業教育研究会電気科研究協議会の主催となって、夏休み中に2泊3日のスタイルで続いていた。
新型コロナウイルスの影響で、宿泊はもちろん、生徒を集めた学習会ができなくなってからは同じスタイルでの継続を断念。試験が年2回になってからは下期試験前の3月(本年度は12月)に、宿泊を伴わない「電験三種学習会」が松本工業高校を会場に2日間の日程で実施されるようになった。
佐久平総合技術高校では、2022~2024年と3年連続で電験三種の合格者を輩出し、2024年には上期試験で2年生が合格するまで取り組みが浸透した。
名古屋工学院専門学校の石原先生による「キャリア教育支援」は公開授業とタイアップで実施し、保護者や中学生も講演を聴く機会が生まれ、電気技術者への関心が高まっている。
しかし、県内の工業高校の大半は定員割れの状態で、特に、電気系学科は顕著である。「電気=難しい」という先入観があるのだろうか……。
電気系学科への求人は電力会社や電気工事会社から多数あるにもかわらず、せっかくの求人に応えられない状況である。
これは電気系学科の大きな魅力でもあるので、中学生はもちろん、中学校の教員に対して大々的にPRしていきたい。
電験三種の資格指導には「継続」という課題がある。
電験合宿の立ち上げに協力していただいた先生たちが次々に定年を迎え、私自身も今年度で再任用が終わる。1人でも多くの生徒が電験三種に合格してほしいとの思いから、電験三種学習会や勤務時間外の朝補習に取り組んできた。退職を迎えるにあたり、若い世代の先生に引き継いでほしいという思いはある。しかし、働き方改革や教員の過重労働を考えると、ムリに引き継いでもらうことはできない。
それでも思いを引き継ぐ先生が現れることを期待し、デジタルツールや生成AIを利用した効率的な資格指導方法、テキストを「虎の巻」としてまとめている(文/藤木芳房)。

新潮流を生んだGT「F」のひと言。
長野県佐久平総合技術高校での「キャリア教育支援」は、通常の「生徒」だけでなく、生徒と「保護者」に対する内容になります。
同校では2022年から実施していますが、このときに藤木先生から「保護者にも聴いてほしい」との提案があり、2023年からはPTA総会のときに実施し、保護者参加型となった経緯があります。狙いとしては「工業高校と電気業界を正しく理解していただく」ことです。
40年ほど前に放送したドラマの影響で「工業高校は荒れている、ヤンキーばかり!」と、いまだに思い込んでいる保護者がいます。ここで、声を大にして言いましょう。まったくいません! 講演のあと、思わず叫んでいました。生徒たちから賞賛の嵐でした。
工業高校は技術を教えるだけではなく、しっかりとマナーについての教育も行っています。この講演は6月に実施し、対象は1年生。入学して1カ月くらいで、こんなに元気にアイサツができるようになるんですよ。工業高校の教育に、もっともっと理解を示すべきです。
このPTA総会で実施した話が風にのって、めぐりめぐって岐阜県立岐阜工業高校でもPTA総会での依頼が入りました。このスタイルは、もしかしたら広がっていくかもしれません。保護者が工業高校のメリットに気づけば、入学希望者も増えて、将来の技術者不足の解消につながる可能性があるからです。
経済産業省の「2040年の就業構造推計」でも、2040年には普通科の卒業生が32万人の「余剰」となり、工業高校の卒業生が91万人の「不足」になるとの予想があります。これを少しでも解消するために、この流れを広めていきたいものです。
長野県で「キャリア教育支援」が大々的に広がっていったのは、藤木先生との出会いがあったことが一番の理由だと思います。これは、過去に藤木先生が赴任した学校を訪ねてみると、その痕跡が確実に残っていることが物語っています。
長野県の電験シーンをさかのぼると、その源泉には必ず藤木先生が存在しています。それほど技術者教育に、資格試験に全力投球してきたのでしょう。
今年度で教員生活が幕を下ろすというのは何とも寂しい限り。藤木先生、お疲れさまでした。
プロフィール
石原 昭(いしはら・あきら)
1965年生まれ。1990年4月から名古屋工学院専門学校に勤務。夜間部電気工学科のクラス担任を経て、1993年4月から昼間部電気工学科のクラス担任を務める。管理職となる2015年まで22年、ひたすら電験三種の指導を行い、クラス担任として預かった約300名の学生を電験三種に合格させる。現在はテクノロジー学部の運営とともに工業高校生に対して「キャリア教育支援」を展開している。「電験合格請負人」「電験教育の伝道師」の異名で東海地区の電気業界で活躍中。
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