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社会環境管理分野のキーワードを詳細解説!【技術士のHOTワードWeb 第13回】
「総合技術監理部門」の合格につながる
2025.06.20
第13回
生物多様性、昆明・モントリオール生物多様性枠組、30 by 30、OECM(保護地域以外で生物多様性保全に資する地域)、ネイチャーポジティブ
技術士における21の技術部門のなかで、一線を画すカテゴリーである総合技術監理部門。時々刻々と変化する最新テクノロジーの知識を吸収する専門性だけでなく、さまざまな分野を総合的に判断できるマネジメント能力も求められる。まさに、スキルアップのために取得する部門だ。
本連載は、総合技術監理部門の試験に必要な「キーワード集」(文部科学省が公表)のなかから、HOTなキーワードを徹底解説するものである。今回は、社会環境管理分野から5つのキーワードを取り上げる。
(1)生物多様性
生物多様性は、初発の総監キーワード集2019から収められているキーワードである。
世界経済フォーラムのグローバルリスク報告書2023年版と2024年版による「長期的な(今後10年間)グローバルリスク重要度ランキング」を表1に示す。そのなかで「生物多様性の喪失と生態系の崩壊」は、2023年は4位だったが、毎年、1つずつランクアップして2025年には第2位となっている。

地球上の生物種の数は3000万種とも1億種ともいわれている。国際自然保護連合(IUCN)によると、現在確認されている(学名のついている)野生生物は世界に213万1400種以上ある。2025年までに評価された種の総数は16万9400種以上で、そのうち4万7000種以上が絶滅の危機に瀕している。これは評価した種の28%に相当する。
主要な分類群における絶滅危惧種の割合は表2のとおりである。

国連が2018年に発表した「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES:Intergovernmental Science – Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services)」では種の絶滅の速度が高まっていることを警告し、その原因が人間の活動であると報告している。影響の大きい順に表3に示す。
さらに間接的な原因として人口増加、消費パターン、経済、技術、制度、ガバナンス、紛争や伝染病を挙げている。
なお、この規模の調査では初めて先住民社会が対象になり、先住民の管理する地域では、これほどの劣化や危機はないと報告された。

生物多様性への取り組みは、人類と地球全体の未来を守るために不可欠である。生物多様性が失われると、食料、医薬品、そして、人類の文化に大きな影響が出る。生物多様性の保全は持続可能な社会を築くための基盤となる。この報告書は分野横断的で根底的な取り組みが急務であると強調している。技術士、とりわけ総合技術監理部門の技術士は、この取り組みに大いに貢献できると信じたい。
なお、生物多様性については2018年以降の総監試験に2年に1度のペースで出題され、直近では令和6年(R6Ⅰ-1-35)に出題されている。
(2)昆明・モントリオール生物多様性枠組
昆明・モントリオール生物多様性枠組は総監キーワード集2024で「生物多様性」大項目の最初の中項目に追加されたキーワードで、2030年までに生物多様性の損失を食い止め、反転させることを達成するための国際的な枠組みである。
2022年12月にカナダのモントリオールで開催されたCOP15(生物多様性条約第15回締約国会議)の後半に採択された2030年までの新たな世界目標で、1年前の2021年に中国の昆明で開催された会議において、前半までの議論を踏まえて最終決定されたため、「昆明・モントリオール生物多様性枠組」と呼ばれている。
①2050年ビジョンと2050年ゴール
この枠組みの2050年ビジョンは「自然と共生する世界」であり、2050年ゴールは表4に示す4つである。これらのゴールは2050年までに「自然と共生する世界」というビジョンを実現するための長期的な目標を示している。簡単に言うと、地球上の生物多様性の損失を食い止め、回復させるための具体的な行動目標と実施手段を定めたものである。

②2030年ミッションと2030年ターゲット
昆明・モントリオール生物多様性枠組には2030年ミッション「生物多様性を回復軌道に乗せるため、緊急な行動を起こす」として、2030年までに達成すべき23の「2030年ターゲット」がある。このターゲットは表5~7の3つの柱に分類されている。



(3)30 by 30(サーティ・バイ・サーティ)
30 by 30は総監キーワード集2024で追加されたキーワードである。
昆明・モントリオール生物多様性枠組の「2030年ターゲット」で特に注目されるターゲットに「30 by 30」がある。これは2030年までに陸と海の少なくとも30%を保護地域として、その他の30%を持続可能な管理下に置くという目標である。生物多様性の損失を食い止める最も重要な目標のひとつと考えられている。表8に30 by 30の主なポイントを示す。

30 by 30の目標は、環境保護だけでなく、食料安全保障、人間の健康、経済発展など、人間の社会全体の持続可能性にとって非常に重要である。この枠組みに基づいて、各国は国内の生物多様性戦略を見直し、具体的な行動計画を策定している。
日本も2024年に生物多様性国家戦略を改定し、地域生物多様性増進法を2025年4月1日から施行。30 by 30の目標に向けた施策を推進している。
なお、総監試験問題R6Ⅰ-1-35には「30 by 30は、生物多様性の損失を食い止め、回復させるというゴールに向け、2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全しようとする目標である」と出題された。
(4)OECM(保護地域以外で生物多様性保全に資する地域)
OECMは総監キーワード集2024で追加されたキーワードである。
OECM(Other Effective area – based Conservation Measures:その他の効果的な地域をベースとする保全手段)とは、国立公園や自然保護区といった保護地域ではないものの、生物多様性の保全に効果的に貢献している地域のことである。
地球全体の生物多様性を保全するためには、従来の保護地域だけでは不十分で、昆明・モントリオール生物多様性枠組の「30 by 30」を達成するためにもOECMの考え方を導入し、保護地域以外の場所でも生物多様性保全に貢献している地域を評価して、その保全を推進していくことが重要になる。
①OECMの特徴
OECMの特徴を表9に示す。

②OECMの具体例
日本国内では、環境省が「自然共生サイト」というOECMに相当する認定制度を設け、さまざまな主体による生物多様性保全の取り組みをバックアップしている。自然共生サイトとなりうる場所の具体例を表10に示す。

(5)ネイチャーポジティブ
ネイチャーポジティブ(Nature Positive)は総監キーワード集2025で、社会環境管理の大項目「生物多様性」に新たに追加されたキーワードである。
ネイチャーポジティブとは人間活動によって失われた自然を回復させることを目指す概念で、「自然再興」と訳され、生物多様性の損失を食い止め、生態系を健全な状態に戻すことを意味する。
世界経済フォーラムが2020年に発表した「自然とビジネスの未来報告書」は世界のGDP(国内総生産)の半分に相当する約44兆ドルが自然に依存しているため、自然の毀損は経済的な損失につながることに警鐘を鳴らした。特に「商品作物生産のための土地開拓」「インフラ建設」「エネルギー採掘」などの産業が種の絶滅の大きな原因であると指摘。自然を優先する「ネイチャーポジティブ経済」に移行したら、2030年までに年間で最大10兆ドルの価値と約4億人の新規雇用が生まれるという機会の創出も示した。
①ネイチャーポジティブの目標
ネイチャーポジティブで掲げている具体的な目標を表11に示す。
ネイチャーポジティブは環境保全の概念ではなく、経済社会の発展と両立可能で、なおかつ、持続可能なアプローチとして重要視されている。企業にとっても自然資本への依存度が高い事業を中心に、事業価値を高めるために不可欠な取り組みとなっている。
報道によると「二酸化炭素などの温室効果ガスの2023年度の国内の実質的な排出量は前年度より4.2%減少して10億1700万トンとなり、算定を始めて以降、最も少なくなった。環境省は2050年に実質的な排出量をゼロとする目標を実現するための直線的な経路上にあるとしている」とあり、また、別の報道では「海中のマイクロプラスチックが、あらゆる水深に分布していることを海洋研究開発機構(JAMSTEC)などの国際研究グループが突き止めた」とあり、温室効果ガス対策、海洋汚染対策は「待ったなし」の状態になっている。これらが自然の治療なら、ネイチャーポジティブは生態系を健全な状態にするリハビリテーションに相当する。

②ネイチャーポジティブの取り組み例
ネイチャーポジティブの取り組み例を表12に示す。
日本でも「2030年ネイチャーポジティブ経済移行戦略」が策定され、企業や金融機関、消費者の行動変容を促し、自然を保全する経済への移行を目指している。
この戦略は2030年までに経済活動全体を、自然を回復させる「ネイチャーポジティブ」な状態へ移行させることを目指し、日本政府が策定したものである。具体的には経済成長と自然保護を両立させ、持続可能な社会を実現するための道筋を示すものである。表13に日本国内でのネイチャーポジティブの取り組みのポイントを挙げる。
この戦略を実行するために、政府は具体的な政策や制度を設計し、予算措置などを講じる。企業にとっては新たなビジネスチャンスの創出やリスク管理の観点から、この戦略を踏まえた経営戦略が求められる。
総監試験R6Ⅰ-1-35には「TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)は、事業活動における自然資本および生物多様性に関するリスクや機会を適切に評価し、開示するための枠組みを構築するものであり、資金の流れをネイチャーポジティブに移行させることが目的である」と出題された。


今回は総監キーワード集2025に新たに追加されたネイチャーポジティブを含む社会環境管理に関連する5つのキーワードを解説した。総合技術監理部門の技術士を目指す研究者、技術者の学習の一助になれば幸いである。
[参考]
「ESGとTNFD時代のイチから分かる 生物多様性・ネイチャーポジティブ経営」
藤田 香著、株式会社日経BP社、2023年
「自然・生物多様性リスクマネジメント 自然資本経営の実践法」
後藤茂之著、株式会社中央経済社、2024年
国立環境研究所「IPBES(Intergovernmental Science – Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services:イプベス)、生物多様性の地球規模アセスメントで地球上の生物種は空前のペースで減少していると警告」
World Economic Forum「Global Risks Report 2024」
World Economic Forum「Global Risks Report 2025」
環境省「地域における生物の多様性の増進のための活動の促進等に関する法律」
文/南野 猛(技術士:情報工学、総合技術監理)
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